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妖食フルコース フェスタン <グラニテ>

   

「そうか……レストランのオーナー・シェフ殿か」
「自分で言うのもナンだが、順風満帆ってヤツだ」
 角野の話にうなずいてやり、俺はそこではたと気づいた。

妖食フルコース フェスタン
 ~第5章:グラニテ~

Illustration:Dite

 

◆グラニテ◆
《ソルベ・オー・パンプルムース》

 六つの芸術がある。
 絵、詩、彫刻、音楽、建築、そして料理だ。

(アナトール・フランス)

 まさかこんなところで「渉外一課の名物コンビ」とまで言われた元相棒に出くわすとは思わず、俺はほんの一瞬、東海林さんのことを忘れた。
 目の前にいる、テーブルに運ばれてきたブレンドコーヒーをひと口だけすすって「泥水だな」と眉をしかめた男は、俺の元同期だった。今から10年前、ひと足先に帰国した俺に何も言わず、パリのホテルからからいきなり退職届を送りつけて、そのまま行方をくらましてしまった薄情なやつだった。
 上司から角野の突然の退職を聞かされたとき、俺は1週間ほど、腑抜けたようにぼんやりしていた。離婚の痛手を、温かい家庭を作れなかった空しさを、仕事に没頭することで忘れようとしていた俺にとって、角野の退職はあまりに大きかった。角野は、当時の俺の半身とも言える相手だったのだ。あそこまで息の合ったコンビは、相棒などという言葉では片づけられないような気がしていた。
「おまえさん、こんな不味いコーヒーなんぞ良く飲めるな」
「チェーン喫茶のコーヒーなんて、どこもこんなものだろう」
 角野が不味いと評したコーヒーを、ひと口すすってみる。
 驚くほど美味いわけではないが、「泥水」と酷評するほどでもない。そう思うのだが、コンビを組んでいた頃から味にうるさかった角野が「不味い」と言うと、ひどく不味いもののように思えてくるから不思議だった。
「それより、おまえ、なんだって急に辞めたりしたんだ」
「オレにも事情があったんだよ。オトナの事情ってヤツがな」
「ああ、事情もなく、いきなり辞められてたまるか! 何か理由があったにせよ、事前にひとことくらい、言ってくれたって良かっただろう。何もあんな、俺が先に帰国するのを見計らってだまし討ちみたいな」
「おいおい、落ち着けって。どっかの痴話喧嘩みてェだろうが」
 そう指摘されて、なぜか顔がカッと熱くなった。
 勝手に親友だと思い込み、裏切られたと憤り、深い失意に陥って。それをすべて見透かされたようで恥ずかしかったが、俺がこの少々破天荒な「年上の同期」を、頼りにも励みにもしていたのは、紛れもない事実だった。
 詳しいことは知らないが、角野は施設育ちの俺とは違って、割と裕福な家の出だった。たしか親父さんは、地方の小都市でそこそこの会社だか工場だかを経営していて、角野はその後継ぎとして育てられたらしい。幼い頃から、何かにつけて「おまえは長男なんだぞ」と言われ続けてきた角野が、料理に自分の道を見出したのは中学生の頃だったという。
 だが、高校卒業後は調理師学校へ行って料理人になりたいという夢を、家族どころか親戚中から反対されてしまったらしい。当時の担任に頼み込み、勝手に受験した地元の調理学校から連れ戻されて大学進学を余儀なくされた角野は、面従腹背を決め込んだ。親が希望する大学にみごと合格するや、一度の帰省もせずに勝手放題をしはじめたのである。
 授業を放り出してバイトに明け暮れ、夜間スクールで調理師免許を取り、板場修行も兼ねてフランスに何年も留学して。だが、どういう心境の変化なのか、角野は料理の道を途中で諦めて帰国した。そうして8回生にしてようやく大学を卒業し、すでに疎遠になっていた実家には戻らず、外食産業の一翼を担う、食料品の専門商社に入社したのだった。

 

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