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SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース フェスタン <フロマージュ>

   

「悪いのは真由を連れ去った犯人なのに、わたしたちはいつしか、お互いを責めるようになりました。そのあと、一番悪いのは真由を助けてやれない自分たちなのだとわかって、泣いてしまうのです」
「わかります。お気持ち、良くわかります」

妖食フルコース フェスタン
 ~第7章:フロマージュ~

Illustration:まめゆか

 

◆フロマージュ◆
《クータンセ、オルトリネ、カマンベール・シードル》
 ~白カビチーズの饗宴~

 あなたの夕食が、あなたのドレスと同じように、
 ひとつの詩でありますように。

(モンスレー)

 この狭い軽自動車のなかで、去年の暮れから寝起きしている。
 バックミラーを通して再び後部座席に目をやり、俺は戦慄に近いものを覚えた。東海林さんの全身に漂っているのは、単なる薄気味悪さではなく、もはや「凄み」とでも言うべきものだった。
「車で寝泊まりって……御自宅、どうか、なさったんですか」
 だいぶ残してしまったとは言え、さっきコーヒーを飲んだばかりなのに異様に喉が渇く。乾くというより、引きつると言ったほうがいいのかもしれない。
 もう少しスムーズにしゃべれないものかと咳払いをすると、東海林さんが3月には不似合いなほどの、厚ぼったいコートを探った。そして両のポケットから缶コーヒーを取り出し、まだ熱いくらいのそれを俺に差し出した。
「どうぞ」
「あ、どうも、すみません」
「家は別になんとも……ここしばらく、帰っておりませんけど」
 東海林さんは缶コーヒーを両手に持ち、カイロ代わりに手を温めながら、眼球だけを忙しなく動かしていた。首はほとんど動かさず、ショッピングモールの中央ゲート周辺を凝視している。まるでこのショッピングモールにやって来る人々の顔を、すべてチェックしているかのようだった。
(まさか)
 この思いつきこそが「正解」なのだと悟るのに、時間はかからなかった。東海林さんは病院を抜け出してこのショッピングモールの駐車場に貼り付き、なかばホームレスのように車中で寝泊まりしながら、チャンスがめぐってくるのをひたすら待ち続けているのだ。
 何のチャンスかなど、考えるまでもないだろう。
 真由さんがもう一度、この場に現れるのを待っているのだ。
(東海林さん…………)
 旦那さんと娘さんの姿を探し求めて心当たりを探し尽くした東海林さんは、もうこのショッピングモールにしか、手掛かりがないと考えたのだろう。ここで注意深く見張っていれば、いつか必ず、真由さんや旦那さんが現れる。そう信じて、すがるような思いでこの3ヶ月間を過ごしてきたのだ。似たような境遇にありながら、俺は礼央のために、そこまでのことをやって来ただろうか。
「たしか、ここでしたよね」
 熱い缶コーヒーにありがたく口をつけながら、俺は東海林さんが少しでも話しやすいようにと口火を切ってみた。東海林さんが買ってきてくれた缶コーヒーは、一体どこのメーカーなのかくどいほど甘く、いつもなら「なんだこれは」と盛大に眉をしかめただろう。だが今は、この甘さがむしろちょうど良かった。
「このショッピングモールでしたよね。旦那さんから、真由さんを見かけたという連絡があったのは」
「はい。あの日、わたしの携帯にかかってきた電話が最後でした」
「旦那さんは本当に、ここで真由さんを見かけたんでしょうか」
「主人は確かにそう言いました。ダイトーの前に真由がいた、これから追いかけると」
 真由さんの失踪から1年半、旦那さんの失踪からもうすぐ1年。
 俺には、東海林さんの気持ちが痛いほど良くわかった。愛する者の行方がわからない、これ以上に苦しいことはない。「死」に永遠に奪われるのも辛いが、今頃どこでどうしているのかわからないのは、もっと辛い。
 生きているのか、死んでいるのか。
 もし生きているのなら、とりあえずは無事に暮らしているのか。
 それとも、想像を絶するようなひどい目に遭って泣いているのか。

 

-SF・ファンタジー・ホラー


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