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妖食フルコース フェスタン <アンフュージョン>

   

「連れて、帰る」
「そうです、連れて帰るんです」
「あの子を……わたしが、あの子を」
「そうです! 東海林さん、あなたが真由さんを助け出すんです」

妖食フルコース フェスタン
 ~第9章:アンフュージョン~

Illustration:Dite

 

◆アンフュージョン◆
《アンフュージョン・ア・ラ・ヴィオレット》
《ヴィオレット・クリスタリゼ》
 ~スミレティーにスミレの砂糖漬けを添えて~

 人を酔わせるのは美酒だけでなく、
 茶の香りもまた人の心に染み入り、人を酔わせる

(中国の格言)

「どうぞ」
 ショッピングモールで見繕ってきたパンで簡単な昼食を済ませ、それから2時間ほど経った頃だろうか。手洗いに立った東海林さんが、前回と同じ缶コーヒーを買ってきて、俺に差し出した。
「すみません、ごちそうになってばかりで」
 熱い缶コーヒーを受け取り、今朝から始めたばかりの張り込みでそんな奇跡が起きるわけがないと思いつつも、真由さんが現れてくれるのをひたすらに祈り続ける。東海林さんも今日はすぐにプルタブを開け、本物の老婆のように背を丸めて口をつけた。
「…………真由のお葬式ごっこは、ひどくなる一方でした」
「え? あ……はい」
 何の前置きもなく、唐突に語り始めた東海林さんに少しばかり鼻白みながら、俺は沈黙をもって続きを促した。忘れようとしても忘れられない話なだけに、「続き」と呼ぶべきものがあるなら、この際すべて聞いておきたかった。
「真由のお葬式ごっこは、最初は、月に一度か二度の遊びでした。それが、いつしか回数が増えて行き……やがてうちの庭は白い小石だらけ、真由の作ったお墓だらけになってしまいました」
「さすがにそれはちょっと……どうなんでしょうね」
 子供の遊びにしても、それは正直、度が過ぎている。
 ほかに例のない、かなり特殊で同情すべき事情があったとしても、これは問題だと思わざるを得なかった。
「はい。わたしも主人も、ついには真由を叱るようになりました。それが、小学校3年生のときだったと思います。そのあと、主人と良く相談しまして、真由にピアノと塾のほかにもうひとつ、習い事をさせることにしたんです」
「なるほど。真由さんの放課後のスケジュールを、何でもいいからとにかく埋めてしまおうと」
「はい。女の子が熱中しそうな、例えばバレエですとか……主人といろいろ考えておりますうちに、富士調理師専門学校の、子供向け料理教室の広告が目に入ったんです。わたしも主人も、これだと思いました」
 俺は、大きくうなずいた。
 これが真由さんにとっての、「運命の出会い」になったのだ。
 そうして子供心に抱いた夢を大切に育てて、本職のパティシエールを目指して歩きはじめたところだったのに。
「真由さんは、料理好きだったんですね」
「さあ……家事の手伝いは良くしてくれましたが、好きというほどではなかったかもしれません。ただ、わたし、思ったんです。死の反対は『生』でしょう。生きることって、食べることでしょう」
「そうですね。若い頃から料理好きで、脱サラしてレストランを始めた昔の同僚も、似たようなことを言っていました」
 自分に素直に生きている角野の顔が、脳裏に浮かぶ。
 ソムリエールの奥さんがいて、パティシエールの娘さんがいて、あんな店名だが、実際はきっと趣味の良い立派な店を構えていて。幸せのさなかにある角野が、心底うらやましかった。このうらやましさが醜い妬みに変わる前に、早く助けて欲しかった。
「食べることが生きることなら、つまり料理って、『生』そのものでしょう。だからわたし、これだと思ったんです。富士調さんの料理教室が、きっと真由を『死』から引き離して、普通の子と同じ『生』の世界に連れ戻してくれるって」
 俺は今度こそ、深く得心してうなずいた。
 それと同時に、東海林さんの愛情深さが、同じ親として嬉しく胸に響いた。

 

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