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SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース フェスタン <ミニャルディーズ>

   

「あら、角野さん。安物の紙巻きなんか吸って、すみれに怒られるわよ」
「誰かさんが告げ口しなけりゃ済むこった」
「口止め料次第ね」

妖食フルコース フェスタン
 ~第10章:ミニャルディーズ~

Illustration:Dite

 

◆ミニャルディーズ◆
《コンフィズリーとプチフール》
 ~3種類の季節の小菓子~

 男は、おいしいお菓子を作ってくれる女性に夢中になるもの。

(バルザック)

 繭がこんな状態になったのは、ほぼ1年ぶりと言って良かった。昨夏以降は完全に安定し、鎮静剤の出番も激減していたはずなのに、何がトリガーになったのだろう。久しぶりの出番となった鎮静剤をすみれと2人掛かりで飲ませ、わたしたちはつかのまの深い眠りに落ちた繭を見守った。
「どうしたのかしらね。先月のメンテナンスも順調で、エレーヌも完璧だと言っていたのに」
「直前まで、実の母親の話をしていたのでしょう? 急に昔のことを思い出して、少し混乱してしまったのかもしれないわ」
 客室のベッドに腰掛けたすみれは、自分のひざに繭の頭を乗せ、その絹糸のような長い黒髪を優しくなでていた。繭は水薬によって意識を失ってからも、しばらくは体をわななかせていたものの次第に落ち着きを取り戻し、20分ほどでふっと目を覚ました。
「あ…………すみま、せん……わたし……………………」
 すみれの処方する鎮静用の水薬は、抜群の効果を瞬時に発揮する代わりに過呼吸や痙攣、異常発汗などの副作用が強く、昏睡から目覚めないまま死に至った例もある。さっき繭に飲ませたものは頓服用に薄めてあったようだけれど、わたしでさえ使用をためらうような強い薬を、すみれは当然のような顔をして子供たちに飲ませる。でも、そんなときのすみれの顔が、最も母親らしく見えるから不思議だった。
「繭ちゃん。良かった、気がついたわね」
 微笑をたたえたすみれが、優しく優しく娘の名を呼ぶ。
 廊下からかわいい足音が聞こえてきたのは、そのときだった。
「ママ! ママ、まーちゃん、どこー?!」
「リオン、こちらよ。お客さまのお部屋よ。いらっしゃい」
 さっきと同じように、少し声を張り上げて愛息子を呼ぶ。
 リオンが客室に駆け込んで来るのと、繭が額に片手をあてながら起き上がったのは、ほぼ同時だった。
「ママ、ぼく、さっきからずっと……あれっ」
 具合の悪そうな繭に気づいたリオンが出入り口で足を止め、恐る恐る近づいてくる。一方の繭は状況がうまく理解できないらしく、答えを求めるようにすみれを見つめた。
「まーちゃん、どうしたの? 具合悪いの? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
 微笑と共に答えたのは、繭ではなくすみれだった。
 すみれは繭に「貧血で眩暈を起こしたのよ」と教え、「下で温かいものでも飲みましょう」とわたしたちを促した。すると繭は慌ててベッドから立ち上がり、サロンエプロンを外した。
「すみません、わたし、お買い物に行って来るのを忘れていました。業者さんが持ってきて下さったグレープフルーツ、あまり美味しくなくて……グラニテに使いますので、ちょっと行ってきます」
「あら、それくらいだったら、わたしが行ってあげるわ」
 すみれが心配そうな顔をする前に提案すると、繭は「もう大丈夫ですから」とにっこり微笑んだ。こうして落ち着いてしまえば突然の頭痛も「なかったこと」になってしまうのか、繭はもう、いつもの「繭」になっていた。

 

-SF・ファンタジー・ホラー


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