幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース フェスタン <ディジェスティフ>

   

(狂女だ)
 最初にその「目」を見た瞬間、直感でわかった。
 見かけはまともだが、このひとは、角野の奥さんは狂っている。

妖食フルコース フェスタン
 ~第11章:ディジェスティフ~

Illustration:Dite

 

◆ディジェスティフ◆
《ポワール・ウィリアム》
 ~さわやかな洋梨のブランデー~

 理性は人生の塩。
 空想は人生の砂糖。

(ビュッフェ)

「真由!」
「真由さん!」
 真由さんと思しき黒髪の女の子を追って、見知らぬ通りを進む。息つく間もなく必死に追いかけるうちに、俺はふと、妙なことに気付いた。
 まだ昼ひなかにも関わらず、ショッピングモールの西側に延びる国道を離れるや、急に人通りが途絶えた。歩行者がいてもいいはずなのに、誰もいない。誰もいないから、「その子を止めてくれ」と頼むこともできない。
「真由さん! 真由さん、待って下さい!」
 20回以上の呼びかけで、やっと俺たちの声に気付いた真由さんが、長い髪をなびかせて軽く振り向く。だが、名前を呼ばれて振り向いたというより、まるで「追手」がどこまで迫っているのかを確かめるような素振りだった。
「真由、真由! 待って!」
 ひたすらに前を行く真由さんは、駆け戻って母親の腕に飛び込むことも、まして足を止めることもなかった。それどころか、俺たちを恐れるようにどんどん歩調を速め、駆け出し、やがて私道としか思えないような細い道に飛び込んだ。
(俺たちも入ってもいいのか? いや、迷っている場合じゃない。行くしかない)
 ここまで来て、真由さんを見失うわけにはいかなかった。
 俺はためらう東海林さんを促して私道のような小道に入り、家々の狭間の、迷路のような路地を進んだ。こういう細道を、袋小路と呼ぶのだろうか。前を行く真由さんは俺たちの声に応えることなく、入り組んだ小道を急ぎ――やがて煙のように、視界からふっつりと消え失せた。
「井原さん、真由……真由は」
 ここまで、どれくらいの距離を駆けずり回って来たことだろう。
 俺は息を切らしながらついてきた東海林さんと共に、あたりを見回してみた。あのショッピングモールから、どこをどう歩いたのかまるで覚えていないが、俺たちはいつのまにか、高級住宅地らしい一角に出ていた。
 このあたりにこんな高級住宅地があるとは知らなかったが、歩道は広く、美しい街路樹やしゃれた街灯、ところどころにベンチまである。まるで、ヨーロッパの住宅街に――それを模した、大作映画のオープンセットに迷い込んだような気分だった。
(もしかして、真由さんは金持ちに誘拐されたのか? 金持ちなら、身代金の要求なんてしないだろうし。いや、違うか。まず真由さんが事故か何かで記憶を失くして、そんな真由さんを大金持ちが助けて、真由さんのことが気に入って、しまいには家に帰したくなくなって…………バカな)
 自嘲まじりに首を振り、再度、あたりを見回す。
 前後左右のどの家も「豪邸」と呼ぶにふさわしい、立派な門構えだった。門扉の隙間から見え隠れする車も高級車ばかりで、本当に富裕層の集う住宅地なのだと知れた。
「待って、下さい、井原さん」
 この歳では走ることなんて滅多にないのだろう、やっと俺に追いついた東海林さんが、息を弾ませながら俺を見上げる。俺は東海林さんをここで少し休ませて、とにかくこの町内を一周してみることにした。
「井原さん、わたしも行きます。もし、この近くに真由がいたら」
「わかっています。じゃあ、そうですね……そうだ、あの家」
 俺はちょうど街路の突き当りにある、赤い花の生垣を巡らせた屋敷を指した。あの生垣はどこまで続くのか、お邸揃いの一角でも、ひときわ目を引く大邸宅だった。
「とりあえず、あそこまで見に行ったら戻ります。何かあったら、携帯を鳴らして下さい」
「わかり……ました」

 

-SF・ファンタジー・ホラー


コメントを残す

おすすめ作品

窓際騎士、魔族に会う(中)

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第34話「それでも――――」

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第31話「真の再会。そして約束」

〈No.Glasses〉

妖食フルコース レヴェイヨン <スペシャリテ・ド・メゾン>