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SF・ファンタジー・ホラー

妖暗ラビリント <出口>

   

生きていれば、17歳の高校2年生。
でも、わたしのなかでは小学3年生。
わたしの礼央は、今も小さな男の子のままだった。

妖暗ラビリント ~出口~

Illustration:Dite

 

 男が笛を吹き鳴らすと、子供たちが集まってきました。
 子供たちは笛吹き男のあとについて大通りを歩き、街の門を抜け、笛吹き男と共に洞窟のなかへと消えてしまいました。

【ハーメルンの笛吹き男】

「まあ、すごい! なんて大きなお宅」
 すみれさんの自宅を目にした瞬間、その広さと壮麗さに、わたしは思わず息を飲んだ。「家」などというレベルではない、まさに「おやしき」だった。
「半分が店舗ですから。居住スペースは、それほどでも」
「ああ、つまりこういうお店が『邸宅レストラン』なんですね」
「そうしたものの、端くれだと思って下さいな」
 すみれさんは謙遜するものの、生垣はすべてみごとな紅バラで、裏門らしい小さな扉の向こうにも、大輪のバラが咲き誇る、素晴らしいアーチがある。まさに、「バラの館」とでも呼びたくなるような美しさだった。
「端くれだなんて。こんな素敵なレストラン、初めて見ました」
「お気に召しましたら、今度ぜひ、いらして下さいな」
「はい、必ず」
 そう答えはしたものの、こんな高そうな本物の「邸宅レストラン」など、とても庶民向けではない。一番安いランチでも5000円以上するような、高級レストランなのだろう。
 案内される道々も、すみれさんは「家族経営の小さな店」と謙遜していたけど、とんでもない。きっと本当は、東京中のセレブから愛されている、名のあるレストランに違いなかった。
「お具合はいかがでしょう。良いお天気ですから、中庭のテラスでお茶にしましょうか」
「すみません。それでは、お言葉に甘えまして」
 悪寒が去って落ち着いてみれば、まぶしいほどの初夏の日差しが心地良い。わたしはありがたく、中庭に面したテラス席に座らせてもらった。ここも客席のひとつなのか、それともプライベート空間なのか、今を盛りと咲き誇るバラたちを見渡せるガーデンテラスは、まるで別世界のようだった。吹き抜けていく初夏の風にまで、ほの甘いバラの香りが混じっている。
「なんだか…………」
「はい?」
 これもまた有名なブランド品なのだろう、カップやポット、ソーサーの縁などにすみれの花模様がついたティーセットが、ガーデンテーブルに置かれる。ひとりごとを聞かれてしまったわたしは、慌てて姿勢を正した。
「すみません。こんな素敵なテラスにいると、なんだか、時間を忘れてしまいそうだと思って」
「まあ」
「外の音なんてほとんど、いいえ、まったく聞こえないんですね。こうしていると、まるで別の世界にいるみたいで……このお庭だけ、時間が止まっているような気がしてきます」
 どう答えたものかと迷ったのだろう、すみれさんが困ったように微笑みながら、カップにスミレティーを注いでくれた。途端に甘い花の香りが漂い、思わず笑みがこぼれてしまう。カップの隣に置かれた銀色の小さな器には、青紫色の小さな塊が盛られていた。
「これがスミレの花の砂糖漬けですか。わたし、初めて見ました」
「レストランですのに、お茶もお菓子もフランス土産の市販品で、お恥ずかしいですわ。娘に知り合いのお宅へお使いを頼みましたら、お店にあったものを手土産代わりに包んでしまったようですの。お客さまがいらしたと聞いて、いま、何か作っているようですから」
「そんな、奥さま、お気遣いなく。十分すぎるほど、素敵なおもてなしを頂いています」
 すみれさんはわたしの左側、建物に近いほうの席に着くと、自分と同じ名のハーブティーを丁寧な仕草でひと口飲んだ。これが「上品」ということなのか、愛おしむようにカップとソーサーにふれ、ゆっくりと口に運ぶ。それは見ているこちらがうっとりするほどの、優雅な動きだった。

 

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妖暗ラビリント<全2話> 第1話第2話

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