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歴史・時代

東京探偵小町 第二十九話「主従の契」 <1>

   

「不思議なものだね。彼女の血には、何か特別な力でも宿っているのかな」
「それはさすがに、御主人さまの欲目なのでは」

小説版『東京探偵小町
第九部 ―錯綜編―

Illustration:Dite

 

 ひどくおぼろげな意識のなかで、時枝は自分が「飲まされてしまったもの」に強い違和感と激しい嫌悪感を覚えていた。咳き込み、吐き出そうとしても、すでにそれは胃の腑にあり――それどころか、早くも全身に染み渡りはじめていた。
(い、や…………)
 心は拒絶しているのに、熱に浮かされた時枝の体は、その意思とは裏腹に「人ならざる者の血」を受け入れていく。カラカラに干からびた大地が水を吸い込むような勢いで、異形の者の血をみずからの体に溶け込ませていく。
 何かがおかしい。
 これではいけない。
 理性の訴えに従ってなおも咳き込むものの、時枝の口からは深紅の酒がわずかに滴り落ちただけで、飲まされたものを吐き出すことなど、到底かなわなかった。御祇島は時枝をさらに抱き寄せると、忙しない呼吸を繰り返す時枝の耳元で何かを囁きながら、幼な子をあやすように髪をなでた。
「無駄だよ。君はわたしの杯を受けた。君の体は、もうわたしの血を受け入れてしまったのだ」
「せん……せ……………………」
「君の体の奥深くまで、わたしの血が入り込んでいる。抗っても苦しいだけだ。わたしを、わたしの血を素直に受け入れておしまい」
 まるで御祇島の言葉に屈服したかのように、時枝が意識を手放す。奪われた血の量もさることながら、耳元でささやかれた短い羅甸語にも、時枝の意識を暗闇に引きずり込む力があったのだろう。体内で起こっている「変化」のためか、眠れる時枝はかすかに体を震わせていた。
「いい子だ」
 御祇島は迷いながらも手にした一顆の紅玉を、慈愛のにじむ眼差しで見つめた。愛する父を失い、心の拠りどころを失い、名実ともに天涯孤独となった――あわれ自分と同じ身の上となった少女に、愛しさを込めてそっと口づける。その様子を、仮の忠実なる使い魔が微苦笑を浮かべながら見守っていた。
「御主人さま、間もなく深更となります」
「そうだな。いい頃合いだ」
「そろそろ、ここを出られては?」
 ニュアージュの問いかけには答えず、御祇島は時枝の首筋にくちびるを寄せ、そこに残る赤い線に舌を這わせた。あれだけ奪ってもまだ足りないのか、少女の柔らかな肌に鋭く尖った牙の先を当て、なぶるようにゆるくなぞりながら傷跡に口づけの痕を残す。
 もう意識はないはずの時枝がかすかに眉を寄せるなか、御祇島は時枝の肩から胸へとゆっくり手を滑らせ、鉄紺の袴の紐をシュッと解いた。巷の女学生たちが愛用する行燈袴がスルリと抜け落ち、時枝の足元にわだかまる。性急な主君が夏銘仙を裾短に着た時枝の、山吹色の半幅帯にまで手をかけようとしたところで、ニュアージュが慌てたように口を挟んだ。
「御主人さま。まさかこんなところで、大切な儀式の続きをなさるおつもりではありませんよね」
「そのつもりだと言ったら?」
 求めていた相手の血を口にしたことで、久方ぶりに魔人としての本能が昂ぶっているのだろう。金色の瞳を持つ美しい魔人が、時枝の半幅帯や腰紐までほどき、無造作に放り捨てる。その傍らに立つ銀髪の少年は、右手の痛むのも忘れて抗議を続けた。

 

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