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歴史・時代

東京探偵小町 第三十話「庭園水晶」 <1>

   

「でも、うちに来る途中のリヒトくんが見掛けたのなら、そう遠くへは行っていないと思いますよ」
「じゃア、どッこに行きやがったッてンだよ!!」
「それがわからないから、こうしてみんなで探しているんじゃないですか!」

小説版『東京探偵小町
第九部 ―錯綜編―

Illustration:Dite

 

 使い魔として使役するリヒトから、時枝をめぐって使い魔同士の三つ巴戦になったとの報告を受けた逸見は、かねてから召し使う大鴉に命じて時枝を追わせた。勘の良いニュアージュがそれに気づかなかったのは、右手首を折られた痛みと、意識の半分をどこかに置き忘れてしまったような時枝に気を取られていたせいだろう。
 逸見は浅草で待機させていた大烏に時枝の誘導をさせるかたわら、これから始める「芝居」の筋書きをリヒトに飲み込ませると、青藍との戦いで全身にひどい傷を負ったリヒトに肩を貸し、急いで九段坂探偵事務所へ戻った。
「内山くん! 内山くん、済まないんだが」
「はい、いま行きます」
 逸見の声に驚いた倫太郎が、作業を中断させる。
 事務所に残って留守居役と連絡係を務めていた倫太郎は、時枝の良き友だった青い小鳥の亡骸を可能な限り美しく清め、柔らかい脱脂綿を敷き詰めた小さな紙箱に横たえて、弔いの準備をしていたところだった。
「水を一杯、もらえないだろうか」
「リヒトくん! 一体、どうしたんですか!」
「性質の悪い連中に絡まれたらしい。済まないが、水を」
「はい!」
 リヒトの惨状に顔を青くして、倫太郎が台所へ直行する。
 いつもと変わらぬ青慧中学校の制服に身を包んだリヒトは、どこもかしこも傷だらけで、意識を失いかけていた。制服のあちこちが切り裂かれ、血がにじんでいるのを見ると、殴る蹴るの暴行だけでなく、刃物でも傷つけられたらしい。
 倫太郎がコップに汲んだ水を逸見に手渡すと、逸見はきつく眉を寄せて痛みをこらえる義弟の肩を抱き、手ずから飲ませた。それで安心したのか、リヒトの全身からガクリと力が抜けた。
「とにかく、上がって下さい。リヒトくんを応接室の長椅子へ」
「ついでと言っては申し訳ないが、包帯とガーゼ、消毒薬があれば少し分けてもらいたい」
「はい、すぐに」
 逸見兄弟を応接室に通すと、倫太郎は手拭いや薬箱、水を張った金だらいなどを集めて取って返した。意識があるのかないのか、リヒトは青ざめた顔をして壁際の長椅子で体を休めていた。
「こんなときに、面倒を掛ける」
「いいえ。リヒトくん、ひどい怪我ですね」
 倫太郎が、右眼に巻いた布眼帯にまで血のついているリヒトの顔を見守る。逸見は包帯を手に黙々と処置を続けていたが、消毒薬が染みたのか、リヒトがかすかなうめき声を上げて左のまぶたを開け、やがてすがるように義兄の腕を掴んだ。
「あ、に……うえ……………………」
「リヒト、無理をするな」
 起き上がり、口を開きかけたリヒトが激しく咳き込む。
 逸見がその背を優しくなでてやるのを見て、倫太郎は少しばかりほっとしたような気分になっていた。
 五月に青慧中学校で起こった「野犬事件」以来、時枝を心配するあまりにリヒトに注意を向けられなかったのだが、こうして見ると兄弟仲はずいぶん改善されたらしい。気の滅入ることばかりが続くなか、リヒトの大怪我は気に掛かるものの、逸見が示した兄らしい態度は、倫太郎を心から安堵させた。
「もう一杯、水を持って来ましょうか」
 応接テーブルに置かれた、ほとんど空になったコップに倫太郎が手を伸ばす。するとそれをさえぎるようにして、咳の治まったリヒトが首を振った。

 

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