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歴史・時代

東京探偵小町 第三十話「庭園水晶」 <3>

   

「ウラナイにいきましょうといったのは、タジさんです。タジさんがいけませんでした」
「別に、おめェのせいじゃねェよ。さっきは変な言い方して悪かったな」

小説版『東京探偵小町
第九部 ―錯綜編―

Illustration:Dite

 

 月光をはじく、その小さな花がかつて蒼馬に教えた「月橘」に見えて、和豪はふと足を止めた。だが、月橘ならば、こんな美しい月夜には夏柑のように甘く香るだろう。違う花だと顔を背けて再び歩き出した瞬間、今度は他者の気配を感じてあたりに目を走らせた。
「ワゴーくん!」
「なンでェ、タジ吉か」
 和豪が、いつもの和豪らしからぬ低い声で応じる。
 倫太郎たちの後を追わなかった和豪と、道源寺からの連絡を受けて新聞社を飛び出したサタジットが行き会ったのは、真夜中の浅草興行街だった。満月に照らされた夜道はどこまでも明るく、興行街にも、常夜灯代わりの提灯や電灯にあかあかと灯がともっている。そんななかで、木刀を手にした青年と長身の印度人は、たとえ夜目でも良く目立った。
「おめェ、どうやってここまで来たんでェ」
「ジドウシャにのってきました。タジさん、さっきまで、シンブンシャにいたのです。ワゴーくんは?」
「足で来たに決まってンだろうが」
 和豪はここまで、抑えようのない憤りを胸に、時枝に狼藉を働いた者の手掛かりがないかと夜道を歩き続けていた。サタジットのほうは、会社ビルディングの前に延びる大通りに運良く「辻待ち自動車」が停まっているのを見つけ、有り金をはたくつもりで乗り込んだ。行き先を問われたサタジットはしばし悩み、九段坂下ではなく浅草を指示したのだった。
 道源寺からの電話によれば、リヒトが駿河台方面へ向かう時枝の姿を見掛けたと証言し、倫太郎たちがそれを追って、柏田も警視庁から応援に駆け付けるのだという。それならば、こちらは先回りも兼ねて浅草へ向かうべきだろう。無駄足になったとしてもそうするべきだと、サタジットは考えたのだった。
 やがて浅草にたどり着いたサタジットは、中橋廣小路から浅草までは結構な距離があるため、自動車を使ったのは正解だったとうなずいた。予想通りに財布には痛事となったが、おかげで思っていたよりも早く目的地に着き、和豪とも合流できたのだった。
「ワゴーくん、マハラーニは」
「お医者の大先生が、血相変えて担いで行きゃアがった。今頃チビ師匠の隣に寝かされてンだろ」
「えっ、ニュウインしたのですか!」
 お医者の大先生は逸見、チビ師匠とは蒼馬のことである。
 逸見に連れられて行った先に蒼馬がいるとなれば、時枝は帝大附属医院に三度の入院をしたことになる。やっと聖園女学院から言い渡された厳しい謹慎期間が明け、「日常」が戻ってくるはずだったのに、またもや入院をするほどの騒ぎになってしまったのだ。サタジットが時枝の容態を訪ねると、和豪は木刀を担ぎ直し、長身の印度人を剣呑な目つきで見やった。
「…………ワゴーくん、おこっていますネ?」
「おめェ、大将に何しやがった」
「なにって…………」
 あまりの言われようにサタジットが絶句する、そんなサタジットを見て和豪が深い自己嫌悪に捕らわれる。和豪は行き場のない怒りを抱えながら、時枝の身に起こったこと、出入りを許していた銀猫に青藍を食い殺されてしまったことを語った。
 だが、時枝が倫太郎の姿に安堵して倒れた、その事実は口にできたものの、さすがに時枝の着衣が大きく乱れていたことまでは言えなかった。それでもサタジットにとっては、時枝の入院騒ぎだけでもかなりの衝撃だったらしく、ただただ、絶句するばかりだった。
「ひどい、ハナシです…………」
「間が悪ィったらありゃしねェよ」

 

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