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歴史・時代

東京探偵小町 第三十話「庭園水晶」 <4>

   

「柏田さん、これ、なんていう水晶?」
「名前なんてあるのかなぁ。こんなに混じり物があるのは、屑水晶だからね」
「屑じゃないです、こんなにきれいなら」

小説版『東京探偵小町
第九部 ―錯綜編―

Illustration:Dite

 

 時枝がふたつ年下の蒼馬を弟のようにかわいがっているのと同じように、みどりもまた、蒼馬を弟のように思っていた。時枝は下に弟妹がいるが、みどりも蒼馬も「ひとりっ子」である。互いに実のきょうだいがいないため、なおのこと、みどりは蒼馬に親しみを覚えるようになっていた。
 きょうだいがいたならば、親の視線が自分のみに注がれることもなく、互いが最も身近な遊び相手になり、幼いうちから人付き合いの基礎を学ぶことができただろう。だが、みどりは男爵令嬢として周囲からかしずかれると同時に遠巻きにされ、蒼馬は病身の天才少年挿絵画家として、やはり腫れ物に触るような扱いを受けている。
 親しく、遠慮なく接してくれる相手のいない寂しさ。
 それを言葉にも表情にも出すことのできない物悲しさ。
 いつも胸の奥に孤独を抱えていた蒼馬とみどりに、明るい笑顔を向け、温かい言葉をかけてくれたのが時枝だった。外の世界に憧れながらも一歩を踏み出せないふたりに歩み寄り、手を引っ張って連れ出してくれたのが、ほかの誰でもない時枝だったのである。
 時枝との出会いは、倫太郎や和豪をはじめとするさまざまな人々との出会いに繋がり、蒼馬とみどりの世界を確実に広げてくれた。少女探偵を目指す時枝の行動力に驚かされ、時に巻き込まれながらも、ふたりにとって、時枝はなくてはならない存在になっていったのである。
「時枝さま……………………」
 自室の窓辺に立ち、小さく息をついて、みどりは暮れ行く夏空を見上げた。みどりが時枝の入院と逸見邸での静養、リヒトの大怪我、そして青藍の悲しい死を知ったのは、時枝が「深夜の出奔事件」を起こした翌朝だった。
 七月最初の月曜日、今日からまた時枝と共に登校できるのだと、みどりはいつもよりだいぶ早く九段坂を降り、時枝を迎えに行った。一学期はあと半月ばかり、期末試験があるものの、それが終われば聖園女学院での最後の夏休みがやってくる。試験勉強を進めるかたわら、時枝と夏休みの楽しい計画を立てようと、みどりは胸を弾ませながら九段坂を降りたのである。
 だが、そんなみどりを待ち受けていたのは、いつもと様子の違う倫太郎だった。和豪はおろか、屋内で放し飼いにされている青藍も姿を見せないなか、倫太郎が憔悴しきった顔で時枝に起こった異変を語ってくれたのである。それによると、時枝は昨夜になって急に体調を崩し、道源寺と共に時枝の様子を見に来た逸見から「チフスの疑いあり」との診断を受けて、帝大附属医院に入院したとのことだった。
「まりあさま……どうか、どうか時枝さまの御病気が、一日も早く治りますように」
 窓辺にひざまずき、祈りを捧げ、時枝の快癒を願う。
 倫太郎の話では、帝大附属医院はあいにくの満床で臨時的な入院しかできず、時枝は元看護婦が家政婦をしている逸見邸の離れで静養をすることになったのだという。チフスは伝染病として恐れられているため、治療に当たっては、隔離病棟か専門の施設に入らなければならない。聖園女学院から異例とも言える厳しい謹慎を申し渡され、それがようやく明けたところにまた隔離では切なかろうと、逸見が「せめて自分の屋敷の離れに」と引き取ってくれたのだと倫太郎は語った。
(時枝さまの、お見舞いにも行けないなんて…………)
 考えるほどに喉の奥が痛くなり、涙があふれてくる。
 倫太郎を疑っているわけではないのだが、みどりは、何か釈然としないものを感じていた。時枝が病気なのは本当なのだろうが、親しい相手から隠しごとをされているような、哀しい切なさを覚えるのである。

 

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