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SF・ファンタジー・ホラー

妖精たちの子守歌 <乳児>

   

「少し眠りましょうね。その前に、お水をあげましょうか」
「やらあー……おねらいー……もうしないれえぇぇ……………」
「ええ、今日はもうしないわ。お水は? ジュースもあるのよ」

妖シリーズ補完編
妖精たちの子守歌 ~乳児~

Illustration:まめゆか

 

 次の日のことです。
 ウサギは味噌にタデの絞り汁を入れた塗り薬を持って、タヌキのもとへ行きました。そうして、真っ赤に焼けただれているタヌキの背中に、タデ味噌をところ構わず塗り付けました。タヌキがあまりの痛さに悲鳴を上げると、ウサギは澄ました顔で言いました。
「なあに、良く効く薬は痛いものだよ」

【かちかち山】

「ヒィアアァァァアアアアアアア! アアーーアアアアアアッ!!」
 全身が、ビクリと震えた。
 風呂場のほうから、オレたちの娘の、耳をふさぎたくなるような悲鳴が聞こえてくる。ここから風呂場までの距離を考えると、相当な大声だった。
「おお。久方ぶりの風呂が、少々、染みましたかな」
 中庭に面したテラスでゆったりとコーヒーを飲んでいた老画伯が、片方の眉だけを器用に上げる。今やオレたちの娘の主治医と化している元医学博士をもてなしながら、オレは風呂場の様子をうかがっていた。
 オレたちの娘がこの一週間に口にしたものは、少量の湯冷ましと、スプーンににほんの数杯の、4倍希釈のリンゴジュースだけだった。ほかのものは一切受け付けず、許されもせず、今は点滴だけでどうにか命を繋いでいる。
 そんな弱り切っている体の、どこからあんな大声が出るのか。
 断末魔の叫びと言っても過言ではない壮絶な悲鳴が間断なく聞こえてくるなか、老画伯がオレをなだめるように言葉を継いだ。
「なに、御心配には及びません。神経が生きとる証拠です」
「それはまあ、たしかに」
「繭くんの上には、我々の最上最善の、熱意と智慧の限りが積まれてあるのです。すみれくんの、一点の曇りもない愛情が惜しみなく注がれてあるのです。無論、明日、明後日というわけには参りますまい。しかし、いずれ快癒致しましょう」
 オレは黙ってうなずき、デセールの皿をすすめた。
 何か言うべき言葉があるような気がするのだが、喉の奥で溶けて出てこない。そうこうしているうちに、バスルームについていったはずの高橋の奥さんが、疲れたような顔をしてテラスへやってきた。オレが手を取って老画伯の向かいの席をすすめてやると、高橋の奥さんはしばらく客室で休みたいからと言って茶菓を断り、オレに頃合いを見計らってバスルームへ助勢に行くようにと言った。
 オレたちの娘は小柄で華奢だが、それでも、オレの女が抱きかかえて階段を上り下りするのは無理がある。邸内の移動に関しては、オレがタクシー係を一手に引き受けていた。
「ムッシウ、きょうのおふろは、しっぱいでした」
「ほう、駄目でしたかな」
「あばれてばかりで、なにもできません。わたくしがしかっても、きかないのです。こまったこと……あきらめて、いま、あたらしいほうたいをしています」
「ふむ。何か手立てを考えねばなりませんでしょうな。我らの愛し子、かわいいリオンから、早く繭くんの見舞いに行きたいと毎晩のようにせがまれておりますからな」
「アーボン…………」
 額を付き合わせて話し込んでいる年寄りたちに、「ごゆっくり」と言い置いてテラスから離れる。オレはコック帽を厨房の調理台に投げざま、泣き声の止まないバスルームへ向かった。オレたちの娘はすでにバスルームから出され、廊下に置かれたストレッチャーの上で包帯の交換を受けていた。

 

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