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歴史・時代

東京探偵小町 第三十一話「夢で逢う」 <2>

   

「わたくし、帰りましたら、今日のことをお手紙に書きます。今日あった嬉しいことをたくさん……時枝さまに、どうしてもお伝えしたいんです」
「任せときな。お姫さんの手紙、投げ文してでも大将に届けてやらァ」

小説版『東京探偵小町
第九部 ―錯綜編―

Illustration:Dite

 

「ボクにできることならいいけど、絵を描くのは……今はちょっと難しいんだ。今までに描いた絵なら、何でも好きなのをあげられるんだけどさ」
 かつての愛猫に再会させてくれた、その好意に応えたいとは思うものの、蒼馬は十日ぶりに画帳を開いた身である。春子のために今ここで何かを描くのは、難しかった。
 青藍の扇絵を描いた頃は、師匠に当たる細川画伯の推薦を受けて、この秋の帝展に大作を出品する予定だった蒼馬である。今も病床で少しずつ構想を練ってはいるのだが、出品はとても無理だろうと諦めていた。物悲しい諦めではあるが、もともと十五歳での出品が早すぎるのである。帝展絡みで確執のあった兄弟子の急死も、蒼馬の心に重くのしかかっていた。
「春に船会社から頼まれた乗船記念の絵葉書も、結局、引き受けられなかったし……新しい絵がないんだ」
「違うんです、絵じゃないんです。あんなに立派なお扇子をもらいましたから、もう十分なんです。紫月先生には、この仔猫たちの名付け親になってもらいたいんです」
「名付け親?」
「はい。わたし、この子たちを連れてお嫁に行きます。だから……縞を、どうかよろしくお願いします」
 深々と頭を下げる春子を、蒼馬が驚いたように見つめる。
 縞がかつて二人の飼い猫だったことは確かなのだが、春子に譲り渡したときに、蒼馬は動物を飼うこと自体を潔く諦めたのである。今日は見舞いに伴ってくれただけだと思っていた蒼馬は、春子の申し出を嬉しく思う反面、戸惑ってもいた。
「でも、ボク、まだいつ退院できるかわからないんだ。縞と一緒にいられるのは嬉しいけど……でも…………」
 縞の背をなでながら表情を曇らせる蒼馬に、みどりが自分の屋敷での引き取りを申し出ようとしたときだった。
「ヤーヤー、キョウは、おキャクさんがたくさんいますネ」
「よぅ、チビ師匠も隅に置けねェな」
「まあ、和豪さま、ワリーさま」
 病室の引き戸を叩いて訪いを入れることもなく、いきなり入って来た和豪とサタジットを、みどりが椅子から立って出迎える。和豪は少女たちに囲まれている蒼馬をからかうような挨拶をしたものの、蒼馬のひざに猫がいるのを見て、途端に表情を強張らせた。
 昨夏の「猫探し」の件は、無論、和豪も良く覚えていた。
 蒼馬と春子が虎猫の縞を取り合い、時枝が苦労して仲裁に入ったのである。最終的には春子が縞を引き取った経緯も、今日は春子が縞を伴って蒼馬の見舞いにやって来るという話も、もちろん承知していた。むしろ今日は、倫太郎に頼まれて、蒼馬や春子の様子を見に来たのである。
 それなのに、猫というだけで、言いようのない怒りを覚えてしまうのだ。青藍を喰い殺したのは縞ではないのに、今の和豪は縞の姿を目に入れることさえ、辛いのだった。
 だから、だろうか。
 病室の窓辺に寄って外を眺め、蒼馬たちの話を適当に聞き流していた和豪は、「ネコのゴハンはサカナですか?」という問い掛けに、ふと我に返った。
「ボクは冷やごはんの残りに、煮干しや鰹節……あと、トミさんが魚や鶏肉の余ったところを湯がいてくれたから、それを小さくしてあげたり。たまに卵もあげていたよ、いり卵」
「わたしの家では、冷やごはんに鰹節を掻いたのか、お肉かお魚のそぼろをかけてあげていました」

 

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