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歴史・時代

東京探偵小町 第三十一話「夢で逢う」 <4>

   

「タジさん、ユメをみているのですネ」
「ゆめではありませぬ」
「ユメです。セイランとシマが、ニンゲンになっていますヨ」
「これは、われらのもうひとつのすがた」

小説版『東京探偵小町
第九部 ―錯綜編―

Illustration:Dite

 

『あたしは望んで都落ちをしたものです』
 永の別れを告げてきた仔猫たちの顔を胸に思い描きながら、縞は青藍だけに伝わる声で言葉を継いだ。
『田舎でね、子供にも恵まれたんですよ。この歳になって子供を授かるなんて夢にも思いませんでしたから、そりゃあもう、かわいくってね。このまま田舎で暮らすのも悪くない、子供と春子ちゃんを見守りながら死んでいくのも悪くないって』
 女学生ならば、まだ下級生とされる歳で少女時代に別れを告げ、早々と嫁いでいく春子である。良人となる相手は穏やかな常識人ではあるものの、春子とは結構な歳の差がある。春子の胸には、少なからぬ不安があるだろう。
 だからこそ、縞は嫁ぐ春子の良き慰めとして、なかば添い遂げるつもりで付き従っていくつもりだったのである。それが一転して、病に倒れた蒼馬のもとへ戻されることになったのだ。春子の口からそれを告げられたとき、縞には内心、大きな動揺があった。
『そういう覚悟を決めた矢先に、どうしたわけか、あたしだけが都に舞い戻ることになっちまいましたでしょう。女のカンって言うんですかね、何かあるって思ったんです。あたしには、ここで果たす御役目があるんだって』
『おひきうけ、くださいますか』
『それがね。ここで一も二もなくうなずける、そんな初心な女じゃないんですよ、あたしは』
 芸者の置屋で生まれ育ち、雄猫たちをものともしない気風の良さから、かつては「初音町」の通り名で知られていた縞である。蒼馬も時枝も春子同様にかわいいが、ニュアージュもまた、夢のようなひと夏を共に過ごした「年下の想い人」なのである。時枝を案じてはいるものの、さりとて、憎からず思っているニュアージュを急に敵視する気にもなれないのだった。
『あたしはあたしの立場ってものを、自分で決めたいんです。小町さんには、そりゃあ、お世話になりもしましたけどね』
『いかがなされる、おつもりか』
『おお、怖い、怖い。若さまのようなかたが、そんなお顔をなさっちゃいけませんよ』
 険しい顔を作る青藍をたしなめると、縞はふと振り返り、背後で寝息を立てている印度人を見つめた。そうして改めて、時枝の愛鳥であった者の「まぼろし」を見据えた。
『あたしは若先生の療治のお助けになるようにと、都に戻された身。いろんなお話は良くわかりました、でも、あたしはあたしの務めを果たすべきなんじゃないでしょうかね。若先生をお守りすることが、回り回って小町さんの助けになればそれで良し。堅っ苦しい決め事なんてよして、それでよろしいじゃございませんか』
 縞の気持ちが伝わったのだろう、青藍がこくりとうなずく。
 それを見て、縞もやや強張っていた表情をやわらげ、あでやかに微笑んだ。
『なれど、そのすがたでは』
『ええ、限りはありますとも。正直なところ、あたしなんか、何の役にも立ちゃしないんですよ。あたしは所詮、どこにでもいるただの虎猫ですから。そう簡単に、ひとの姿になんか、なれやしません。年に一度の、あたしたちの集まりの晩くらいなんですよ、好き勝手に化けられるのは。それ以外では…………』
 縞は帝都を離れると決めたとき、蒼馬に別れを告げるために人間の姿を借りたことがある。御祇島の力添えを得て、ほんのひととき、芸妓の姿となったのだ。

 

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