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SF・ファンタジー・ホラー

妖精たちの子守歌 <幼児>

   

「おーい、繭。歯磨き終わったか?」
「おわったー!」
「良し、見せてみな」

妖シリーズ補完編
妖精たちの子守歌 ~幼児~

Illustration:まめゆか

 

 縄を解いてもらったタヌキは、米搗き棒でおばあさんの頭を殴りました。おばあさんが死んでしまうと、タヌキはおばあさんの皮をはいで被り、おばあさんの着物を着て、おばあさんに化けました。それから、おばあさんの肉を包丁で切って大きな鍋に入れ、おじいさんの帰りを待ちました。
「さあ、おじいさん。タヌキ汁ができましたよ」

【かちかち山】

 ミルク色のローチェストに置かれた、バラと仔猫の置時計が夜の8時を告げる。オレは廊下に顔を出し、2階の洗面室で歯磨きに精を出しているオレたちの娘に呼びかけた。
「おーい、繭。歯磨き終わったか?」
「おわったー!」
「良し、見せてみな」
 短い廊下をヨタヨタと駆けて来るオレたちの娘を抱き止め、口を大きく開けさせて、虫歯ひとつない歯の磨き具合をチェックする。鼻先を軽くつついて「合格」のサインを出してやると、オレたちの娘は「ままにもみせてくる」と言って、オレたちの寝室へ飛び込んで行った。
「ままー、はみがきしたよー」
 褒めてもらいたい一心で、こっちにまで聞こえる大声で言う。
 オレは子供部屋のドアに寄り掛かり、この家では「曜日の認識」程度の役にしか立たない壁掛けカレンダーに目をやった。
(そうか。明日でちょうど6年か…………)
 オレたちの娘が無理心中の道連れにされかけて、全身黒焦げの大火傷を負ってから、明日でジャスト6年になる。サヨリ女が言っていた通り、オレたちの娘は大火傷とそれに続く高度治療のショックから、精神が一気に赤ん坊レベルにまで後退した。襲い来る激痛に朝から晩まで泣きわめくことしかできず、くちびるまで無惨に焼けただれて上手く発語できなかったことが、疲弊した精神を容赦なく蝕んでいったらしい。
 オレたちのかわいい娘は、大火傷の半月後には「痛い」「嫌だ」という拒絶の単語しか言えなくなり、それからさらに1ヶ月が過ぎる頃には明らかに擬声語のみになった。空腹と不快、ただそれだけを泣いて訴える包帯ダルマは、体こそ大人サイズだがまったくの赤ん坊で、梅澤のじいさまが言うには「生後2ヶ月の乳児と同程度」ということだった。
 それが4年近くも続き、オレたちが「もう一生このままだろう」と思いはじめた矢先――オレたちの娘は、いきなり「成長」した。ずっと赤ん坊状態だったのが、突然、語彙は少ないながらも流暢に喋るようになったのだ。知らせを受けて飛んできた梅澤のじいさまは、今度は「4歳児程度」と断じ、以来、オレたちの娘は20歳の体に4歳の心を宿して生きていた。
「繭、ママにおやすみを言ったか? もう寝る時間だぞ」
「はーいっ」
 子供部屋のドアから離れ、少し声を張り上げて呼べば、オレの女に就寝の挨拶を済ませた愛娘が、またもや廊下をヨタヨタと走って来る。何度も転びそうになりながらも、必死にバランスを取って、オレの腕をゴールに駆け寄って来るのだ。動きがぎこちないのは、いまだに取れない全身包帯のせいだった。
 発狂するほどの猛烈な苦しみを伴う薬浴を、一日も欠かさずに続けた甲斐あって、オレたちの娘は確かに快癒した。サヨリ女の言うとおり、黒焦げになった皮膚は真皮からキレイに再生して、あっという間に髪も生えた。だが、火傷の痕が一切なくなってから半年が過ぎても、なぜか表皮が安定しなかった。妙に薄く柔らかく、ささいな衝撃でもすぐに破れて出血してしまうのだ。

 

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