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歴史・時代

東京探偵小町 第三十二話「恋ひとつ」 <2>

   

「あなたはいつも、はっきりした色合いのお召し物でしょう。この濃い桃色が、きっと良く似合いましてよ」
「はい。頂いたおリボン、大切にします。ごきげんよう」
「ごきげんよう、お気をつけて」

小説版『東京探偵小町
第十部 ―奪還編―

Illustration:Dite

 

 時枝を中庭にある「さんざし」のもとに呼び出すのは、さすがに気が引けて、八千代は裏門のそばを指定した。裏門のすぐそばに、大きな鈴懸の木がある。その下で待っていると書いたのだ。
 校則で定められているわけではないが、上級生の指導に従わない下級生などいない。呼び出されたら応じるのが常識であり、余計な心配などしなくても、時枝は指定の場所へやってきた。
「永原さん」
「お待たせしました」
 どこか緊張した面持ちなのは、呼び出しの意図がわからないからだろう。戸惑う時枝に、八千代は考えていた通りの言葉を淀みなく伝えた。
 服装のこと、髪型のこと。
 聖園女学院の生徒らしく、もっと淑やかにするべきこと。
 時枝が素直にうなずくのを見て、八千代は心から安堵した。
 小言のあとは、それに対して口答えをしなかった時枝に、褒美を与えねばならない。八千代は絣銘仙の袂をそっと探ると、あたかも自分の「おふる」であるかのようにして、濃い桃色の細いリボンを取り出した。
 もちろん、実際は自分の使い古しではなく、きちんとした小間物屋で買ったものである。少々派手な色目ではあるが、赤にほど近い桃色が、時枝には良く似合うように思えたのだった。
「永原さん、これを」
 店主は小さな紙袋に入れてくれたのだが、八千代は紙袋ごと渡すつもりはなかった。わざわざ買ったものだと知れたら、時枝が遠慮してしまうだろうと思ったのである。まだ「姉妹」にならないうちの贈り物は、あくまでも自分の愛用品を譲る程度の、ごくささやかなものでなくてはならなかった。少なくとも、少女たちの愛読する少女小説の類では、そうなっていた。
「わたくしのお話を、最後まできちんと聞いて下さったわね。その御褒美というわけではありませんけれど、差し上げますわ」
「わあ、きれいなリボン!」
「どうぞ、お納めになって。五年級になったわたくしには、だいぶ子供っぽいようですから」
「あの、本当に、あたしがもらってもいいんですか?」
 こわごわと尋ねる時枝に、八千代は鷹揚にうなずいてみせた。
 同時に、時枝の着ているものに目が行く。色使いは華やかだが、高い品というわけではない。いくら立派な後見人がついているとは言え、親のない身では、ささやかな装身具を買うことさえはばかられるのかもしれない――そう思うと、よりいっそう、愛しさが募るようだった。
「これからもう少し女の子らしいおぐしになさって、そうしてこのリボンが似合うくらいになって下さったら嬉しいわ。もちろん、今の短いおぐしにも、良くお似合いでしょうけれど」
「ありがとうございます。お言葉、胸に留めておきます」
 聞こえてくる噂話によると、時枝は幼い頃に日本を離れ、上海で八年もの年月を過ごしたのだという。その割には、日本式の礼儀をきちんとわきまえている。「探偵の娘」というものに、最初はあまり良い印象を持っていなかった八千代だが、こうした際に丁寧な受け答えができるのは、亡き永原朱門の薫陶によるものなのだろう。
 そう思うと、八千代は時枝の存在そのものが誇らしかった。
 父親譲りの聡明さ、母親譲りの美しさは備わっているのである。あとは日本の少女らしい慎ましさがあれば、真の意味で聖園女学院に輝く「星」になれるだろう。是非ともそうしてやりたいと思いながら、八千代は時枝に帰宅を促した。
「あなたはいつも、はっきりした色合いのお召し物でしょう。この濃い桃色が、きっと良く似合いましてよ。さあ、ではどうぞ、遅くならないうちに」
「はい。頂いたおリボン、大切にします。ごきげんよう」
「ごきげんよう、お気をつけて」
 立ち去る時枝の後ろ姿をいつまでも見送りながら、八千代はこれからのことを考えた。

 

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