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歴史・時代

東京探偵小町 第三十二話「恋ひとつ」 <4>

   

「おまえの望みは何だ?」
「の、望み?」
「そうだ。おまえはあの娘をどうしたい」

小説版『東京探偵小町』
第十部 ―奪還編―

Illustration:Dite

 

 聖園女学院の校門前で、時枝と倫太郎の姿を見掛けたときから、逸見はふたりの様子を注視していた。人間と、人間に入り混じって人間のふりをしている吸血鬼を確実に見分ける逸見の目は、人間の感情の起伏を読み分けることもできた。激昂している者や深い悲嘆に暮れる者、殺意を抱えている者などが、どこにいても目につくのである。
 倫太郎の前に立つ、時枝と同じ年頃の若い娘もそうだった。
 恨みと妬み、苦悩と失望をないまぜにして、倫太郎に何か言っている。ふと興を覚えた逸見は、召し使う下級霊をふたりの前へ飛ばし、歩調をゆるめて会話の内容を把握した。
 会話の中心になっているのは、昨夜から帝大附属医院に入院している時枝だった。時枝は昨夜、飢えに狂い血に酔ったリヒトの暴走に巻き込まれて負傷し、硝子片で負った切創の縫合手術を受けている。倫太郎が早朝から出掛けて来たのは、事態を重く見た女学院側から、事情説明の要請を受けたからだった。
 女学生にあるまじき夜間外出と、常識ある生活をしていれば、決して負うことのなかった大怪我。
 保護者失格の烙印を押されつつある倫太郎を、「帝大特任教授にして裁判医の逸見晃彦」として支えるべく同行を約束した逸見は、思わぬ出来事にクッと声を立てて笑った。
「なんだ、あれは」
 若草色のパラソルを手に倫太郎と言い合っている少女は、今春、聖園女学院を巣立った若い娘だった。在校時には、時枝に上級生としての指導を与えていた善き先輩だが、特に仲が良かったわけではないのだという。それにも関わらず、いまだに時枝に執着しつづけ、今では時枝を「魔女」と呼び、中傷めいた手紙を何度も送りつけている。
 そんな少女を相手に、万事に落ち着いた対応のできる倫太郎が、直談判をしているのである。つまりこれは、「ただごと」ではないのだろう。少なくとも、倫太郎のなかではかなりの問題になっているのだと知れた。
「内山くん」
 こんな面白そうな獲物を、みすみす逃す手もあるまい。
 おかしみを胸にしまい込み、逸見はいつもの表情に戻って倫太郎に声をかけた。すると倫太郎とパラソルの少女が同時に振り返り、少女のほうが素早く倫太郎から離れた。それを追うようにして倫太郎がなおも言い募る、少女が再び言い返す。決着の見えないふたりの応酬は、もはや術など使わなくとも、容易に逸見の耳に届いた。
「普段の生活態度に関しては、僕からうちのお嬢さんに、良く言い含めておきます。それで納得しては下さいませんか?」
「お言葉ですけれど、本当に永原さんを叱るお気持ちがあるのでしたら、もっと早くに、お小言のひとつでもおっしゃるのでは?」
 ふたりの話に割り込むのなら、今がちょうど頃合いだろう。
 逸見は倫太郎の前に立つと、黒縁の眼鏡を押し上げながら、やや厳しい表情で言い合いの原因を尋ねた。
「叱る? なんの話だ」
「すみません、逸見教授」
 慌てて謝る倫太郎の隣で、パラソルの少女が持ち前の気の強さを発揮して、今度は逸見を相手に時枝の至らぬ点を次から次へと並べ立てた。良くそこまで時枝の行状を知っているものだと、なかば感心したくなるほどの詳しさだった。
「なるほど」
 逸見はこくりとうなずいてみせると、舌鋒をゆるめる気配のないパラソルの少女に目をやった。心理状態に不安定さがあるものの、若いだけに全身から活力があふれている。他者の生命を汲み取って糧としている逸見にとって、数え十八の少女のみずみずしい精気は、さまざまな欲を刺激するのに十分だった。

 

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