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歴史・時代

海舟こぼれ話(7) 御松峠

   

 行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張、
 我に与からず、我に関せずと存候。

 

 勝海舟は、浜に立って品川の海を見ていた。
 海は荒れている。
 年の瀬の風が冷たい。
 それでも、水平線に目を凝らしている。
 少し後ろに立つお静は、勝海舟の背中を見ていた。
 勝海舟が海に向いて立っている――。
 普通なら、若き日を懐かしがっている、と思うかもしれない。
 だが違う。
 怒りを堪えているのだ。
 お静は、その辺の事情をよく知っていた。
 そもそもは、ある人物が勝海舟を批判したのが始まりであった。
 徳川家の家来でありながら、明治政府の高官になっている。
 なんと節操のない奴だ。
 こういったことを本に書いたのだ。
 しかも、その本を、わざわざ勝海舟へ送ったのである。
「どうだい、何か言い訳があるか」
 というわけである。
(この小人め)
 勝海舟はため息をついた。
 勝海舟は、徳川家を整理した人物である。
 明治になり、何万という徳川の家臣は路頭に迷うこととなった。
(彼らをなんとかしなければならない)
 そのために節を屈して明治政府に入り、彼らの面倒を見ているのであった。
(なぜこの策が分からないのか)
 だが、勝海舟は江戸っ子である。
 成り上がりの者に、こまかい説明をする気はなかった。
「うるせぇ。俺ぁ、俺の信念で行動してるんだ。てめえは黙ってろ」
 と伝えただけであった。
 だからといって、楽しい気分では、もちろんない。
 怒りながら海を見ているのであった。
 やがて――。
 勝海舟は振り向いた。
「なぁ、気晴らしに円朝でも聞きにいこうか」
「それで気が晴れますか」
「え?」
「御前は、話を聞くより、話をする方がいいんじゃないんですか」
「お静さん」
「はい」
「さすがだな」
「円朝に売り込むような話はありませんか」
「こんな話があるんだが」

 

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