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歴史・時代

東京探偵小町 第三十四話「胸の誓い」 <2>

   

「和豪くん…………」
 現状をなんとか打破しようと、和豪も必死なのだ。
 それに大いに励まされた気がして、倫太郎もきびすを返した。

小説版『東京探偵小町
第十部 ―奪還編―

Illustration:Dite

 

 何の前触れもなく現れた、芸妓を思わせる美しい女。
 物心つく前に死に別れた、浅草花柳界の名妓だったという母親に、どことなく似ている気がするせいだろうか――戸惑いながらも、和豪は今日までのことを、ぽつりぽつりと話し聞かせていた。
 時枝からそんな話を聞いた覚えはないのだが、女は時枝のちょっとした知り合いなのだという。しかも蒼馬の愛猫と同じ名で、見掛け通りと言うべきか、生まれも育ちも花街なのだった。
「おい、そろそろ検番から呼ばれる頃合いじゃねェのかよ」
「いいんですよ。今日はお座敷がかかってないんですから」
「なんでェ、お茶挽きか」
「また可愛げのないことを。そんなに言うなら、兄さんがあたしにお座敷をかけておくんなさいな」
 ほつれ毛に手をやりながら、縞が和豪に流し目を送る。
 日陰者として世を去った母親も、浅草で一番二番と言われていた時分は、あるいはこんなふうだったのかもしれない。そんなことを思いながら、和豪は小さく笑った。
「俺の死んだおふくろってのは、お座敷が引きも切らねェ売れっ妓だったんだとよ。姐さんがそれッくらいになったら、おあしを都合してやらァ」
「アラ、つけといたっていいんですよ。小町さんのお兄さまならねえ」
 時枝の兄と呼ばれ、和豪がふと口をつぐむ。
 それを見て、縞はようやく知り得た時枝の事情に思いを馳せた。
(あと一年…………)
 次の春が巡り来て、無事に学び舎を巣立つまでは、このまま少女の日々を謳歌させたい。嫁ぐ日が間近に迫る今もなお、女学校生活を恋しがる春子を見ているからこそ、縞には時枝を取り巻く人々の気持ちが良く理解できた。
 愛する父親を亡くし、家族と離れてひとり帰国した時枝にとっては、同世代の熱気と華やぎのなかに身を置くことそのものが大きな慰めになっている。だからこそ、探偵事務所に閑古鳥を鳴かせながらも、何の事件もない平穏な日々を是としてきたのだ。
 そうして和豪たちの願い通り、初夏までは何事もなく過ぎていた。怪盗アヴェルスも、その息遣いを感じさせながらも、今は鳴りを潜めている。歯車が狂い始めたのは、時枝が青慧中学校での野犬事件に巻き込まれてからだった。
 だが、縞には、時枝にさほどの非があるとは思えなかった。
 蒼馬の身を案じる時枝の優しさが、たまたま裏目に出てしまっただけなのだ。それにも関わらず、女学院からは厳しすぎるほどの罰を受け、傷心が癒える間もなく自分の出生を知り――結果として、こんな状況に陥ってしまったのだった。
「ともあれ、これであたしにも、小町さんをお見掛けしないわけがわかりましたよ」
 日暮れたとは言え、長く化けていてはサタジットに負担がかかる。一向に帰る気配を見せない和豪を気に掛けながら、縞は潮時を探りつつ切り出した。
「あれもこれもと立て続けで、聞くからにお気の毒ですけど、間が悪いってこともありますからね。そうやって兄さんがなんのかんのと塞いでたって、始まらないじゃありませんか」
「間が悪いって、悪すぎらァ」
「警部さんのお話を立ち聞きしちまったのだって、たまたまの巡り合わせで……そりゃあ、小町さんはびっくりなさったでしょうよ。でも、兄さんたちだって、ことさらに隠し立てをしていたわけじゃないんです。後ろ盾の警部さんは、小町さんが女学校を終えたら改めてって、そう考えていなすったんでしょう?」
「死んだ大将の頼みもあるしな。ほかに適当な機会もねェし、そういう腹積もりだったんだとよ」
 和豪のほうも日暮れを潮に切り上げるつもりが、木刀を肩に縞の隣に立ったまま、ずるずると話し込んでいた。

 

-歴史・時代

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