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歴史・時代

東京探偵小町 第三十四話「胸の誓い」 <4>

   

「わからんな。あの死に損ないといい、女学校の娘たちといい……あの娘の何が、これほどまでに他者を惹き付ける。わたしにとっては使える道具。それだけのことだ」

小説版『東京探偵小町
第十部 ―奪還編―

Illustration:Dite

 

 銀髪の少年が、主君と仰ぐ青年をまっすぐに見つめる。
 間に合わせの寝床以外に何もない、廃屋の二階に静寂が満ちる。駆け引きじみた沈黙の果てに、先に視線を外したのは御祇島のほうだった。
「ニュアージュ。わたしはおまえ自身の望みを聞いているのだよ。わたしの従者としての、出来の良い返事を聞きたいわけではない」
「いいえ、御主人さま。これが僕の望む報酬なんです。探偵小町をお救い下さい」
「その報酬……わたしに用意できると?」
「御主人さま以外のどなたが、あの哀れな少女を救うのです」
 主従のあいだに、再び沈黙が降りる。
 時枝を救う――それがいかに困難なことか、主従ともに良く理解していた。
「前に御主人さまがおっしゃった通り、やはり探偵小町の血液自体に、何らかの仕掛けがあったのだと思います。御主人さまのお体に害をなすような、何らかの仕掛けが」
「吸血鬼を死に至らせる血液など、さすがに考えもしなかったよ」
「少し飲んだだけで、胃が溶け出すんですからね。そんな血が体内に流れていても、彼女自身には何の影響もなかったんですから、にわかには信じがたいことですけど」
 波打つ髪をかきやりながら、御祇島は時枝の顔を思い浮かべた。
 公子の庇護を受ける御祇島の目には映らないが、時枝の額には、この世に生まれ落ちる前から大公の所有印があるのだという。つまり胎児のうちに、その魂が地底に売り渡されていたのだ。
 闇の住人たちがその魂の籍を置く広大な地下世界は、「闇の公子」「黒衣の大公」と呼ばれる者たちによって二分されている。呼称に大きな意味はないが、王子と元首と言い換えることもできるだろう。上位に納まっているのは公子のほうだが、実質的にほぼ同格である。だからこそ、御祇島をはじめとする配下の者たちが、気の遠くなるほどの昔から小競り合いを続けているのだ。
 形式通りに考えれば、時枝にいくら大公の所有印があろうとも、公子の支配下にあることに変わりはない。公子みずからが大公から取り上げることはなくても、「公子の支配下に置かれる」ことに、表立っての異議を唱えることなどできないのだ。御祇島は小賢しさを承知で、それを抜け道にするつもりだった。
「せっかく公子さまが御忠告下さったというのに……剣まで授かっておきながら、わたしも馬鹿なことをしたものだ」
「たとえ腕が千切れても、探偵小町から形見の十字架を外し、あの恐ろしい人の前から連れ去ってしまおう。御主人さまがそうお決めになったとき、僕は胸が躍りましたけどね」
 取り替えた包帯や鋏を片付けながら、ニュアージュが弾むような口ぶりで言う。全快とは言えないまでも、御祇島が久方ぶりに寝床から起き上がり、いつもの調子で話しているのだ。気分が高揚するのも無理はなく、見ればニュアージュの肌を覆う青い文様が、少しばかり薄くなっていた。
「それに、良く言うじゃありませんか。不出来な子ほど、かわいいものだと」
「まったく、おまえは本当に口の減らない」
「公子さまもきっと、そう思っておいでのはずです。御主人さまが探偵小町に儀式を行ったとしても、おとがめなんてなかったと思います。今まで誰も……御自分でさえもお好きになれなかった御主人さまが、初めて誰かを求めたんですから」
 それには応えず、御祇島は曖昧な笑みを浮かべた。
 結局のところ、自分は考えの足りない子供なのだ。
 人間になれず吸血鬼にもなりきれず、どちらかで生き抜く覚悟も持てず、逃げることばかりを考えている。自分にも、自分を気に掛けてくれる者にも、そして自分の欲するものにも真剣に向き合ってこなかった結果が、この有様なのだった。
「こんなことになるくらいなら、いっそ、彼女の命を汲み尽くしてしまえば良かったよ。そうすれば、彼女は永遠にわたしだけのものになり、彼女の毒も、わたしを滅ぼすに足る量になっただろうに」
「そんな道行きが御主人さまの真のお望みなら、どうぞ御随意に。僕も残りの血をすすって、すぐに後を追いますから」

 

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