幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

幻妖奇譚<4> 海坊主[下]

   

幻妖なモノ、妖幻な人、異時空から来たのでしょうか。

 

 ロンドンのホテルのバーで吉川君が言った。
「あの海坊主があらわれたんだぜ」
「どこに?」
「俺の家に」
「いつの話だ」
「つい半年前さ」
「どういうことだい」
「まあ聞いてくれ」
 吉川君は、経済を勉強して大学を出るとそのまま家業に入った。
 それから数年して父親が亡くなり、老舗の呉服屋が彼の双肩にかかったのであった。
 彼には商売の才覚があった。
 伝統を守ると同時に現代経営も取り入れ、また所帯を持って信用を付け、立派に店を盛り立てていった。
 そして、押しも押されもせぬ老舗の主人となったのであった。
 ある朝のことである。
 吉川君が店の戸を開けると、店の前に、紫の袱紗につつまれた箱のようなものが置いてあった。
 誰かが落としていったようにころがっていたわけではない。
 きちんと置かれていてゴミ一つ付いていなかったそうである。
 不審に思って店に持ち込み、袱紗を開くと古い桐の箱が出てきた。
 箱を開くと中には陶器で出来た羊の置物が入っていたのであった。
 両手に抱えるほどの大きなもので、うずくまって寝ている姿の羊の置物なのであった。
 精緻な作り、深い色合い、そして時代を経た古さ。
 素人の吉川君にも、由緒ある骨董品らしいことが分かった。
 心当たりもなく、隣近所に聞いても知らないということであった。
 店の前とはいえ、道で見つけた拾得物ということで、警察に届け出た。
 そして、誰も名乗り出ずに規定の日数が経過して、その陶器は吉川君のものになった。
 ところで、警察の拾得物係が台帳に記録するとき、一人の骨董好きの警官がこの羊を見て、ふと思い当たった。
 それで調べたところ、これこそ明の眠の未ではないか、と驚いたそうである。
 今から五百年ほどまえの中国の明の時代に、黄河流域のある地方で、陶製の羊が作られたことがあるそうだ。
 平和な姿で羊が寝ている形をしている置物なのだ。
 未とは羊のことである。
 すなわち、眠っている羊なので〈眠の未〉。
 そして明の時代のものなので、まとめて言うと〈明の眠の未〉となるわけである。
 なぜ眠っている羊なのかというと、この地方に古くからある伝説では、羊が眠った姿が、富と平和の象徴なのだそうである。
 もちろん、眠る羊を題材に取った陶器は数多く作られたが、普通、〈明の眠の未〉という場合には、当時のある名人が作った特定の作品を指すのだそうである。
 そもそもこの名人は作品数が少ない。
 現在まで長い年月を経ている。
 今では、世界中を探しても一つしか残っていないだろう、といわれる幻の骨董品なのであった。
 吉川君が受け取りに警察へ出向いたときに、そういう価値ある骨董らしいから、しかるべき所で鑑定してもらい、大切にした方がよい、と注意してくれたそうである。

 

-SF・ファンタジー・ホラー


コメントを残す

おすすめ作品

ロボット育児日記38

マスクエリア 第五覆面特区 最終章 流星の輝き(12)

マスクエリア 第五覆面特区 最終章 流星の輝き(4)

にゃんと素敵な東雲市役所猫支店 篠原みづきの奔走 前編

能力バンク 即時融資課(下・前編)

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第34話「それでも――――」

   2017/11/20

探偵の眼・御影解宗の推理 【嘆きの双子】15

   2017/11/20

ロボット育児日記39

   2017/11/17

忠実な部下たち

   2017/11/17

モモヨ文具店 開店中<36> ~帰り行く者~

   2017/11/16