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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

その果ての刃 1

   

都心近県より少し離れたとある県で、滅多に起こらない殺人事件がおきた。
全裸で性交渉後そのまま殺されたような恰好で死んでいた男性を見て、熟年刑事がポツリと言う――阿部定事件のようだ――と。
殺意は愛するが故の行為だと考える刑事に、若手女性刑事は同意しない。
その考えを理解できないと。
犯人の思惑は愛するが故の行為なのか、それとも憎しみか……犯人の心理に若手女性刑事、湯江が挑む。

 

「まるで阿部定事件そのものだな」

 ベッドに横たわる二十代後半と思われる被害者の男性は、仰向けの状態で裸体。
 騎乗位でセックスをした後、そのまま果てたのではないかという見方をした先輩刑事の口からそんな言葉がこぼれた。

「阿部定事件?」

「ん? ああ、おまえくらいの若者には聞き覚えがないのかもしれないな。だが、結構有名だと思うぞ。映画化もされたしな」

「殺人事件なのに映画化ですか?」

 未解決事件を映像化なんて話は聞いた事あるけど、殺人事件を映画化なんて――と私は露骨に嫌な顔を表に出してしまった。

「そういう顔をするな。被害者遺族にしてみれば、たまったもんじゃないが、まあなんていうか、人の感情なんてものはどうにもならない事だってあるということだ。湯江、おまえだってもう26を過ぎようとしているんだ、恋のひとつやふたつ、経験しているだろう?」

「ええ、まあ。でも、恋に恋をする、ままごとのようなものでしたよ、学生時代の恋愛なんて。好きだけじゃどうにもならない事もあるなんて事を知ると挫折して終わり。乗り越えて育んで行こうとは思わないの。それができるのが大人の恋」

「ま、そーなんだが。いろいろ世間を知り経験してしまった大人だからこそやってしまう、そんな落ち度というか罪みたいなものもある。大人はずる賢いが、子供と違い限られた未来というか人生というものも知ってしまう為か、余裕がなくなる。切羽詰まった大人が取る行動は案外間抜けなものだ」

「先輩?」

 男性性器を根元から切断され、失血死してしまっている被害者を見下ろす先輩はまるで、自分の罪を重ねるかのような顔をして見ていた。
 私はと言えば、都心近県とは言えないけれど新人刑事で県警の刑事課配属という好スタートと、そんなラッキー配属の新人にはつきものの新人叩きまっただ中で、相方の熟年先輩刑事以外からもあれこれと頼まれ、一旦その場を去った。
 県警の刑事といっても新人で女ともなれば所轄刑事とほぼ同じ扱いで、所轄警察署の会議室に設けられた捜査会議の雑用をこなしつつ、事件の概要を頭の中に叩き込む。
 高校の同級生はみんな自由になるお金でおしゃれして、好みの男の人を探して繁華街に繰り出す週末も刑事という仕事を選択した時点で私にはない。
 おしゃれより動きやす服装、化粧は最低限、どちらかといえば事件がある時はしない。
 女っ気がまた遠のいていく私に、恋の話をされても――と思いながら、ふと先輩の言っていた『阿部定事件』が気になり、ネットで調べてみる。
 確かに、男女の情事の後殺されたような状態と、男性器が切断されているという状況は似ている。
 感情の縺れとも違う、ただの独占欲の果ての行為が殺人だったように私には思えた。
 独占欲も感情のひとつだけれど、殺すまでいくだろうか。
 縛って閉じ込めてしまえばいいのでは?
 同じ罪を犯すにしても、殺すという行為程恐ろしいものはないのでは?
 そんな事を思いながら、私はパソコンの電源を落とし、会議室の電気も消してその場を後にした。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド


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