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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

自称天才数学者の推理記録 記録1 第4話

   

 記録1《立ってるものは親でも使え》

 主人公のいるホテルは、《ホテル西洋銀座》を参考にしました。
 閉館が決まり、残念に思っています。

 

 榊原は、神田の車で署に戻り、春木教授の手紙と封筒を鑑識へ回した。
 もちろん、手紙のコピーは、榊原と神田が一枚ずつ持っているのであった。
 それから一週間。
 捜査は行き詰まったままであった。
 手紙や封筒は、大学が公用として作ったもので、学内ならどこでも手に入るものであった。
 指紋も、付くべき人の指紋しか付いていなかったのである。
 教授の手紙を娘に見せても、首を傾げるばかりであった。
 教授の身の回りを整理したり、予定の調整などはしていたが、この手紙にあるような、研究の下調べをしたことはなかったのだ。
「几帳面な父は、研究関係のことはすべて自分で管理していました。
 研究の手伝いをたのまれたことはありません。
 手紙に書いてある江戸時代のことも、門外漢の私には分かりません」
 聞き込みにも進展は見られなかった。
 動機と考えられる土地買収の汚職では、政界との結びつきが推測されるようになっていた。
 だが、あくまでも推測に止まっていたのだ。
 逆に、もしこの殺人事件が解決すれば、巨悪を暴くことが出来るかも知れないのだ。
 早く解決しろ、と榊原は上から尻を叩かれていた。
 家に帰れば、妻と子供達は、『桜小路先生の楽しい授業・中学生のための数学入門』を見て笑っていた。
 夏休みの特別番組で、ずっと続いていたのだ。
 榊原は、あの手紙のことを考え続けていた。
 汚職の核心に近づいていたはずの教授である。
 そして、業者は死んでいる。
 黒幕が、身の危険を感じ、春木教授を殺した、ということは十分に考えられる。
 あの手紙が、汚職の証拠を隠した場所を示す暗号なのかもしれない。
 榊原は、手紙のコピーを穴のあくほど見つめ続けたが、どうしていいのか分からなかった。
 彼は体育系なのである。
 考えることは苦手であった。
「文学部の教授が考えた暗号が、柔道部の卒業生に解けるわけないよなぁ。まてよ……」
 榊原の頭脳には何十年にもわたる錆が積み重なっていた。
 だが、この一週間考え続けたので、その錆が、音を立てて剥がれ落ちた。
 すばらしい論理の飛躍をしたのである。
 榊原徹雄に柔道の手ほどきをしたのは、彼の祖父であった。
 その祖父の口癖は《立ってるものは親でも使え》であった。
「そうだ。この際、使ってやろう」
 榊原は、番号を調べ、電話をした。
「はい、桜小路ですが」
 テレビでお馴染みの爽やかな声が聞こえてきた。
「ええと、わたくし、榊原徹雄と申しますが……。高校でお世話になった者で……」
「は?」
「ゴイっちゃん、テツオだ、覚えてないか?」
「え、テツオ? 柔道のテツオか。なんとまあ、しばらくぶり。いま何をしている」
 榊原は、久闊を叙した後、言った。
「実は、内密な頼みがあるんだが」

 

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