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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

自称天才数学者の推理記録 記録1 第5話

   

 記録1《立ってるものは親でも使え》

 容疑者二人のモデルは、あえて記さないことにします。

 

 次の日、桜小路悟一は、一日、科学博物館にいた。
 秋から冬にかけての番組の収録があったのである。
 そのまた次の日、彼は明治桜花大学へ行った。
 明治桜花大学は、名前の通り、明治時代に創立された大学である。
 関東平野の北部にあり、広大な敷地を持っていた。
「ウチの平錦大とは、えらい違いだ」
 守衛室の脇にあるキャンパス配置図で、全体の見当をつけた。
 正門から伸びる桜並木の道を、ゆっくりと歩く。
 そのまま経済学部のビルの群れを抜け、中央公園に出た。
 その向こうには、校庭が拡がっている。
 桜小路悟一は、春木教授が殺された部屋のある建物を確認した。
 そして、厚生部へ行って書籍売り場へ入った。
 一角に、春木教授著『江戸の生活入門』という本が山積みになっている。
 昨年ベストセラーになった本である。
 桜小路は、この本がベストセラーになった事はよく知っていた。
 彼はテレビ文化人なので、学者が本を書いてベストセラーになったことに無関心ではいられなかったのである。
 ひょっとしたらライバルになるかもしれないではないか。
 だが、春木教授は研究一筋の人間だったので、ベストセラーになったからといって、それを踏み台にしてテレビに進出することはなかった。
 実際、この書籍売り場にある彼の本も、『江戸の生活入門』以外は、『明暦における浮世絵研究』といった、専門書ばかりであった。
 桜小路は、春木教授の著作を全て購入して、大学を出た。
 銀座へ戻る電車の中で、『江戸の生活入門』を読む。
 銀座に着くと、大きな本屋へ入り、江戸に関するめぼしい本を買い集めた。
 これで一日が終わった。
 その次の日、予定をすべてキャンセルしてホテルに籠もると、買い集めた本を読み耽った。
 いかにテレビ文化人とはいえ、根は学者である。
 ものすごい集中力で本を読み進み、情報を取捨選択していった。
 桜小路悟一の頭の回転を榊原が見ることが出来たら、おそらく卒倒したことであろう。
 部屋の中が薄暗くなるころ、すべての本を閉じた。
 バッハのCDをセットし、音量を絞った。
 カザルスのチェロが部屋を充たす。
 桜小路は、ソファに沈み込み、すべてを考え直し始めた。
(どこかに漏れはないか? 考え違いはないか?)
無伴奏チェロ組曲・第3番が終わる頃、彼は立ち上がった。
(まちがいない!)
 カーテンを閉め、明かりを点け、そして、榊原に電話した。
「電話で話すのはまずいだろうから、また、こちらに来てくれないか」

 

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