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歴史・時代

東京探偵小町 第三十五話「君の枕辺」 <2>

   

「オレは、永原があの暗い部屋に居続けるのは良くないと思います」
「違いねェや。お天道さまもろくすっぽ拝まねェで、気鬱の病が治るかってンだ」

小説版『東京探偵小町
第十一部 ―紅蓮編―

Illustration:Dite

 

「君はたしか、剣術師範だったな」
 右足首に逸見の視線を感じ、和豪がたじろぐ。
 それを隠すかのように木刀を袴紐に差し込み、和豪は痛む右足に無理に力を入れた。
「そンな御大層なモンじゃねェよ。俺ァただの打たれ役だ」
「君の生家が名だたる剣術道場であり、警視庁の若手に稽古をつけていることは道源寺警部から聞いている。だが、そんな足でよく門下生との打ち合いができるものだ」
「足ィ? 足なんざ、別に」
 ここでひと呼吸入れてしまうのは、ひと目で捻挫を見破られて動揺したせいだろう。和豪は固い表情のまま、言葉を継いだ。
「どうもしてねェよ」
「元軍医の目をみくびってもらっては困る。左右平等に力を入れているつもりだろうが、立ち方が不自然だ。右足……右足首をかばっているな。リヒト、ふたりを応接室へ案内し、家事室から薬箱を。離れの様子を見たらすぐに戻る」
「はい」
 逸見は長い廊下の中央にひとつだけ下がっている電灯をつけると、黒縁の眼鏡を掛け直し、上がるようにと倫太郎に目で合図をした。倫太郎は軽く会釈をして靴を脱ぐと、不満顔を隠そうともしない和豪を、小声でそっと促した。
「わたしは花に詳しいわけではないが」
 長身をその場に立たせたまま、逸見が黒釉の花入れに青いトルコ桔梗を活ける。巻き付けてあったガーゼと新聞紙は取り外してあるものの、茎に鋏を入れることも、水に浸かる部分の葉を落とすこともしない。そうしていかにも勝手がわからないという顔つきで花の様子を整える姿が、逸見の本性を知るリヒトの目には、過剰な演技のように映った。
 だが、それが「演技」に見えたのは、ほんの一瞬だった。
 花を整える主君の、ひとりごとのような短いささやきを耳にしたリヒトは、それが逸見本来の使う言葉だと気付いて表情を曇らせた。時枝のもとへ運ぶ花に、何かの術を施したのだと気づいたからだった。
「あまり目にしたことのない、珍しい品種だな。時枝嬢のためとは言え、君の小遣いでは高くついただろう」
 なかばからかうように言いながら、逸見が花を投げ入れた張本人に目をやる。和豪は足首の痛みを隠して下駄を脱ぎながら、「苗代と肥やし代しか掛かってねェよ」と、つっけんどんに答えた。
「苗代?」
「実は和豪くんは、農学校の出身なんです。深沢の」
「ほう、府立園芸か。なるほど……君が丹精した花なら、時枝嬢もさぞかし喜ぶだろう」
 からかいの笑みを深め、逸見が長い廊下を早足に歩き去る。
 薄闇に飲まれていく白衣の背中を、見るともなしに見送っていたリヒトは、みずからの務めを思い出して二青年を案内した。
「どうぞ。こちらです」
「お邪魔します」
 赤線入りの軍服じみた制服のズボンを、皮製の吊りベルトで固定したリヒトが、先に立って長い廊下を進む。右眼を灰色の布眼帯で覆い、頬に絆創膏を貼った赤毛の少年の後ろ姿は、倫太郎の目にはなぜか途方に暮れた小さな子供のように映った。
 独逸人だけあって級友たちと比べれば恐らく上背もあり、体格は良いほうに入るだろう。それなのに、体の大きい者が持つ「自信」というものが感じられない。こうしていると、どこか痛々しささえ漂うようだった。
(リヒトくんの自傷癖……治る気配はないようですね)
 リヒトの体のあちこちには、いまだに大小の生傷が散らばっている。春の嵐によって身動きが取れなくなり、横濱のホテルで一夜を過ごすことになった晩――リヒトから聞かされたさまざまな事情を思い出しながら、倫太郎は逸見兄弟の暮らす邸の内部を見渡した。

 

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