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成功商会取扱物品−002 刺文講座(中)

   

寺本は、百合から「刺文講座」という名の文章作成セットをプレゼントされる。

それは、自由自在に他人の筆跡を真似て書くことができるという品だった。寺本ではなく、もっと「身分」の高い誰かが書いたことにすれば、おのずと効果は上がり、復讐の成功率も増すというわけだ。

「講座」の中にあるものの効果が「本物」だと確認できた寺本は、本番前のリハーサルを行うべく、クラス全員分のテストの答案を入手するのだった……

 

「さす、ぶん? 作文じゃあないんですか」
 僕の問いに、百合は首を横に振って応じた。
「うふふ、作文力を身に着けても意味がないわよ。いえ、今の君だったら、どんな知恵や技術を獲得しても、目標には届かないでしょうね。現に、黒衣流の免許皆伝十段だと言うのに、彼らにはまったく手出しができていない」
 その言葉には頷くしかなかった。
 攻撃されていて、「正当防衛」が成り立つような状況でも、僕は一度も反撃を考えたことがない。
 証拠を集めるだけで、誰かに動いてもらう目処も立たない。
「立場」が弱いからだ。どんなに策を練り上げても、社会的な「力」がなければ、十分に効果を持たせることはできない。
「分かってくれたようね。だから、前提を変えるのよ。『力』の前提そのものを変化させてやればいいの。この『刺文講座』で」
「いや、ですから、どうして文章……?」
「分かっていないようね、君は」
 百合は僕に向けて、笑いとも呆れとも取れるような声を発し、さらに言葉を継いでいく。
「そう。今の君には『身分』が足りない。現在までに受けてきた全てのことを使っても、大した成果は得られないでしょう。けれど、もし、いじめを受けていたのが、別の人だったら、話は違ってくるわね。大富豪の跡取りが迫害されているってことになれば、警察どころか、国会だって無視できないでしょう。そして、君が原因じゃなくても加害者を叩くことはできるし、弱くなった相手だったら、今の君の『身分』でも十分に叩ける」
(な、なるほど……)
 そこまで話が進んだことで、ようやく僕は、この贈り物の真意を掴むことができた。
 要するに、「ペンを使って他人になりすませ」ということだ。色々な個人情報が集約されている今日、完全に他人になりすますのは難しい。
 しかし、手紙を書くだけなら、筆跡や指紋をごまかして、アリバイを作っておけば、見せかけることができる。
 もっとも、本来誰とも被らないような個人情報をいくつも隠し切ること自体困難で、だからこそ、そういう話はあまり聞かないのだろうが。
 僕がそんなことを考えていると、百合はくすりと笑った。
 中身は徹底的に無機質だが、僕の認識をあざ笑うかのような「表情」が顔の表面に張り付いている。
「ふふっ、腕っ節は強くても、応用力が足りないみたいね。まあいいわ。このペンはね、とっても記憶力がいいの。直前になぞった文字と、まったく同じクセと筆圧を再現してくれる。そして、フィルムの方はとっても敏感なの。何で書かれたものであれ、ざらざらした方を乗っければ、転写することができるわ。裏側からは通らないけどね」
 そこまで言うと、百合は踵を返し、闇の奥へ体を溶け込ませにかかった。
「それじゃあ、私もう行くわ。見返りはいらないけど、その代わり、君がどう成功を収めていくのか、しっかり観察させて貰うわね」
「ちょ……っ」
 呼び止めようとしたが、彼女は声が止むとともに、跡形もなく姿を消してしまった。
 僕は、足元に残された、「刺文講座」が入ったケースを、呆然と見つめることしかできなかった。

 

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