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歴史・時代

ハヤブサ王 第1章 イトイヒメ(2)

   

 イトイヒメの一人息子ワケノミコは、泣き虫の甘えんぼ。対して、亡きミヤヌシノヒメの息子ワキノミコは、逞しい少年に成長していた。若鹿のような太もも。ごつごつとした背中。太い腕。そして、大きな男性自身。
 水浴びをしていた彼の裸体に目を奪われたイトイヒメ。彼女の心の中に、ワキノミコへの想いが大きく膨らんでいく。

 

 午後の日差しが大地を照り付ける。屋敷の中でじっとしているだけで、汗が噴き出してくる。
 イトイヒメは、涼しさを求めて風通しのよい庭先に出た。むっとするような暑さだが、風があるだけ、いくらかは過ごしやすい。
 すでに先客があった。ミヤヌシヒメの忘れ形見ワキノミコが、庭で走り回るワケノミコたちを楽しそうに眺めていた。
 イトイヒメは、ワキノミコの傍らにそっと腰を下ろした。
「なにをして遊んでいるのです?」
 楽しそうに駆けずり回る子どもたちを見て言った。
「鬼ごっこ、だそうです」
「あなたは入らないのですか?」
「私ですか? そんな年でもありませんよ」
 ワキノミコは、涼しげな瞳を寄越した。
「そ、そうね」
 イトイヒメは、すぐさま目を逸らした。なぜだか分からないが、ワキノミコの瞳を見ると心が波立つ自分がいた。
(なんでしょう、この想い。もしかして、恋? まさか…)
 年齢が違いすぎる。それに、彼にとって彼女は育ての親である。
(そう、恋じゃないわ。親の子に対する愛情ね)
 だが、最近のワキノミコはめっきりと男ぶりが上がってきた。十五の年を過ぎて、ますます父ホムダケ大王に似てきた。ほっそりとした顔立ちに、涼しげな瞳、すらっと伸びた鼻筋と薄い唇。体は、全体的に線が細い父に比べ、肉がほどよくついて、がっしりとしている。
(この太い腕で抱かれたら、女はすぐに堕ちてしまうわね)
 イトイヒメは、じっとワキノミコの二の腕を見詰めた。
「母様、なにか?」
「いえ」
 再び目を逸らした。
 ワキノミコは、イトイヒメに気をつかって、彼女を「母様」と呼んでくれる。とにかく優しい。実の妹たちだけでなく、異母弟にあたるワケノミコの面倒もよく見てくれる。学問もよくできるようだ。百済(朝鮮三国のうちの一国)から来た学者の下で勉強をしているが、「本国でもこれほど優秀な王子はいらっしゃらない」と言われているほどである。
 大王も、将来を期待しているようだ。
(それに引き換えうちの子は…)
 イトイヒメの一粒種、ワケノミコは甘えん坊である。五つになるというのに、まだ母の胸を恋しがる。生まれつき背中に赤黒い羽のような痣があるので、従者たちから、
「まるで、鳥のようじゃ。そう、ハヤブサ。ハヤブサ王じゃ」
 と勇ましい名で呼ばれているが、性格はスズメのごとく大人しい。大きな瞳と小さな口が可愛らしく、女の子と見間違えてしまいそうだ。
(もっと強く育ってもらわないと困るのだけど。これでは、大王なんて夢の、また夢ね)
 大王の子として生まれたなら、将来は大王になって欲しい。それが母親の願いというものだ。
(でも、あんな泣き虫じゃ)
 と思ったところで、ワケノミコが大粒の涙を可愛らしい瞳に溜めて駆けて来た。

 

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