幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ノンジャンル

最終刻限(上)

   

ジムを飛び出し、ロードワークをしていた鹿島 昭吾は、勢いを増してきた雨と雷を避け、脇道に入ったところで、一つだけ灯りがついているビルと、見慣れないボクシングジムを発見する。

その中には、大学時代の先輩、武藤 俊一の姿があった。武藤は、タイトルマッチに挑戦するほどのボクサーになっており、十五年も前の学生時代をしのぐほどのキレを未だに有していた。だが、武藤は、厳しい難題を突きつけられてもいたのだった……

 

 どん、と、低い音が俺の後ろで響いた。地面が揺れたのが分かる。
 光ってはいなかったが、かなり近くで雷が落ちたらしい。
「こりゃあいけねえや……」
 俺は暗い、人気のなくなった町並みを走りつつ、誰に言うでもなく呟いた。声を出しても、息が乱れないぐらいのゆっくりとしたペースで走っている。
 俺の全身に、ぬるい雨が降りかかる。
 かねてからの長雨とは言え、ジムを出てロードワークを始めた時にはほとんど降っていなかったが、最近良く聞くゲリラ豪雨というやつにぶつかってしまったのだろうか、何十分も経たないうちに、豪雨の真っ只中だ。
 サウナスーツを着ていなければ、いくらぬるい雨とは言え風邪ぐらいは引いていたかも知れない。
 俺は、久しぶりに自分の忌々しい習い性に感謝する気になった。 体に通っていかなければ、どんな豪雨だろうと物の数ではない。 格闘家という商売柄、パンチやキックを食らっても平然としていなくてはいけないわけで、一度やると決めた以上、こちらに向かってくる雨ぐらいでは足を止めることはできないのだ。

ずどっ!!

 だが、ペースアップをしようとしたその時、空が真っ白に光を放ち、同時に物凄い重低音と地響きが襲ってきた。
 反射的に振り返ってみると、十メートルぐらい後方にあった電柱が白い煙を噴いている。
 雷が直撃したのだ。
 まずいな、と、俺は、細い道に逃げ込みながら舌なめずりをした。
 いくら鍛えていても、電撃を受けたら即死だ。
 リングの上でもないのに、「KOパンチ」を受けるなんて勘弁願いたい。
「おや……」
 全力に近いスピードで路地をジグザグと走り回っていると、ふいに道が開け、正面に雑居ビルを見つけた。
 他のビルとは違って、四階建てのフロア全てから光が漏れている。
 そして、一階部分は、俺にとって馴染み深い、ガラス張りの造りになっていた。
「へえ、『群虎ジム』ねえ。こんなところにもボクシングジムがあったんだな」
 結構清潔な感じのそのジムは、こじんまりとしている割に、随分設備が整っている印象があった。
 何人かのトレーナーの姿が見えるだけで、練習生の姿は見当たらないが、サンドバッグもマシーン類も、俺が知っている限り最新鋭に近く、リングも試合用に近い、しっかりとしたものを用意しているようだった。
「と、いけねえ……」
 俺は見とれかけた自分をいましめ、入り口に駆け込んだ。
 今はとにかく、建物の中に入って、雷を逃れることが先決だ。
「ごめん下さい。少し雨宿りさせて欲しいんですけど……」
 俺が引き戸を開けると、室内から、汗と油が入り混じったようなジム独特の匂いが漏れてきた。
 トレーナーたちは、こちらに驚きの視線を向けてくる。

 

-ノンジャンル

最終刻限<全3話> 第1話第2話第3話

コメントを残す

おすすめ作品

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第34話「それでも――――」

   2017/11/20

探偵の眼・御影解宗の推理 【嘆きの双子】15

   2017/11/20

ロボット育児日記39

   2017/11/17

忠実な部下たち

   2017/11/17

モモヨ文具店 開店中<36> ~帰り行く者~

   2017/11/16