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歴史・時代

東京探偵小町 第三十六話「赤い祭壇」 <1>

   


「おめェまさか、本当はアヴェルスとやり合ってたのかよ!」
「オレだけではありません。あのときは、永原の小鳥も」
「青藍が?」
「はい。信じてもらえないかもしれませんが」

小説版『東京探偵小町
第十一部 ―紅蓮編―

Illustration:Dite

 

「あの晩、時枝嬢は不埒者に襲われたわけではない。君たちも良く知る怪盗アヴェルス、そう名乗って帝都を騒がす吸血鬼の手に落ち、眷属にされかけたのだ」
「アヴェルスが、吸血鬼…………!」
「今さら驚くことでもあるまい。亡き永原探偵が、新橋事件の犯人同様、違和感を覚えると言っていた相手だ」
「でも、あの、待って下さい」
 逸見が打ち明ける信じがたい話の数々に、倫太郎も混乱しているのだろう、青ざめた顔で逸見を見つめる。隣に座る和豪は、もはや何も耳に入らないのか、自分では一語も読むことのできないアヴェルスのカードをにらみつけていた。
「つまり、あの新橋事件の犯人を手下にして先生を襲わせたのも、アヴェルスなんですか」
 過去の出来事や朱門の言葉を思い出しながら、倫太郎が恐る恐る尋ねる。逸見は倫太郎の問い掛けに軽く首を振り、事態が複雑な様相を呈していることを告げた。
「これは西洋のとある文献によるものだが、吸血鬼はみずから眷属とした者以外には、強い仲間意識を持たないらしい。同族同士で、固まって生きることがないせいだと言われている。永原探偵を狙っていたのは、別の吸血鬼だろう」
「別の吸血鬼…………」
「あの盗人は、もっと小賢しい上に俗物だ。盗賊と探偵、言わば宿敵とも言える永原探偵の件では高みの見物を決め込み、邪魔者が舞台から消え去るのを待っていた。だが、永原探偵の遺志を継いで帰国した時枝嬢には、彼女が見目麗しい少女だったことから一転して目をつけたのだ」
「あンの野郎ッ!」
 テーブルにこぶしを叩きつけた和豪が、その勢いでアヴェルスのカードを握り潰す。倫太郎は相棒の粗暴な態度を短くたしなめると、いまだ手のなかにある、朱門の形見の十字架に目を落とした。
「昨春、あの盗人が松浦男爵に犯行予告を出したことがあったな」
「はい。タジさんが東亜新報に大きく書いたことから、お嬢さんに『探偵小町』のふたつ名がつけられることになりました」
「あの盗人は松浦時計店の件で時枝嬢を見初め、以来、常に君たちの動きを探っていたのだろう。これも西洋の文献によるものだが、ああした魔物は、人間だけでなく小動物も支配下に置くことができるらしい。狙った相手を監視することくらい、恐らく、造作もないことなのだ」
「だからかよ。だからあンとき、あの氷室のなかにまで、こいつのカードがあったってわけかよ」
「氷室って、あの市ヶ谷の件ですか。川添さんの」
 川添の名前が出たところで、逸見が表情を曇らせる。
 それは逸見の教え子だった川添という医学生が、時枝とみどりの手足を奪おうとした事件だった。妹のために医師を志していた川添は、体の不自由を嘆いて古井戸に身を投げた妹を悼むあまり、同じ年頃の少女から健やかな手足を切り取って付け替えようとしたのである。
 帝大に学ぶ優秀な医学生が、なぜそんな悪夢のような考えを持つに至ったのかは、今はもう誰にもわからない。だが、川添は、そうしてやらねば妹が成仏できないと思い込んでしまったのである。湯治場での地滑りに巻き込まれて大怪我を負い、手足の自由を失って死んだ妹の魂が、美しく丈夫な手足を求めている。そう信じ込み、妹の遺体を氷室の奥深くに隠して氷漬けにしていたのだった。
「川添くんの件に、あの盗人が絡んでいたとは初耳だ」
「アヴェルスは、川添さんの妹さんの遺体が、氷室で氷漬けにされていたことに気付いていたようです。かなり遠回しな表現でしたが、カードには、それを示唆するようなことが書いてありました。川添兄妹を救ってやれ……そんなふうにも読み取れました」

 

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