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歴史・時代

東京探偵小町 第三十六話「赤い祭壇」 <2>

   

「君たちの来訪を知った時枝嬢が、君たちとの面会を望んでいる」
「本当ですか、逸見教授!」
「なンでそれを早く言わねェんだよッ!!」

小説版『東京探偵小町
第十一部 ―紅蓮編―

Illustration:Dite

 

 これは、手品か何かだろか。
 日本人とは違う、異国人らしい肌の色を持つリヒトの手のひらに十字架型の焦げ痕が痛々しく残ったことも、それが一瞬にして消え失せたことも――まるで夢か幻のようで、倫太郎はすぐには言葉が出てこなかった。
 あれは、何年前のことになるだろう。
 忙しい日々の合間に朱門と共に見た、曲馬団の花形による「まやかし奇術」が脳裏に蘇る。だが、リヒトの物言いたげな表情を見るにつけて、これが現実なのだと飲み込むしかなかった。
「吸血鬼の眷属にされかけたリヒトは、こうして十字架によって痛手を受ける体になった。十字架を身に着けている相手に、軽く触れるだけでも相当の衝撃を受ける。そして十字架から受けた傷は自然治癒することは決してなく、膿み腐る場合もある。快癒には、他者の生命力に頼るしかない」
「生命力だァ?」
 理解不能だとばかりに、和豪が苛立った声で問い返す。
 倫太郎にとっても、逸見の話は、英国や仏蘭西あたりで生まれた怪奇小説を聞くようだった。
「精気、気力……簡単に熱量と言ってもいいだろう」
「熱量、ですか」
「体温そのものと解釈してくれても構わない。リヒトはいま、滝本くんから生命力の分与を受けた。血液量に換算すれば、恐らく一合程度。多量ではないが、かすめ取るように一瞬で抜き取られれば、頑健な男子であっても多少の立ちくらみは避けられない」
 和豪は再度リヒトの手を引き寄せ、火傷を負ったはずの手のひらを穴の開くほど見つめた。さっきの不意打ちのような眩暈の原因が、リヒト自身だというのだ。にわかには信じがたい話だったが、ついさっきまで確かにそこにあった十字の焼印がきれいに完治している以上、逸見の言葉を否定するわけにはいかなかった。
「ともかく、おめェは吸血鬼じゃねェんだな?」
 こくりとうなずくリヒトが、傍らに立つ義兄に何かを問うような視線を向ける。言葉の代わりに、逸見は義弟の肩に、その大きな手を置いた。
「吸血鬼にとって、十字架以上の禁忌が陽光だ。彼らは太陽光線を浴びると、瞬時にして燃え上がり、骨まで灰になると言われている。だが、リヒトは日中でも人間同様の活動ができる上に、他者の生き血を求めることもない。ただし、普通の食物だけでは猛烈に餓える。リヒトのような者にとって、人間の食物は食物としての意味をなさない」
「その代わりに、人間の精気が必要なんですか」
「そうだ。生きるための糧を他者に求めることに変わりはないが、人間とて、雲や霞で生きているわけではない。これでも君たちにはおぞましく映るかもしれないが、夜な夜な街をさまよい人を襲い、その生き血をすすって生きて行くよりは、よほどましだろう」
 リヒトが道行く人を襲い、その喉首に噛みついて血をすする姿が二青年の脳裏をよぎる。やがてその姿が時枝に変わり、ふたりは慌てて頭を振った。時枝が血の涙を流しながら誰かの生き血を吸う、そんな光景がありありと浮かんで恐ろしかった。
「つまり、こういうことかよ。うちの大将も、アヴェルスの野郎のせいで、女吸血鬼になっちまうところだったってのか」
「その可能性を否定はするまい。だからこそ、君たちにはリヒトを恐れずにいてもらいたいのだ。吸血鬼に襲われながらも一命を取り留めた者を、より『人間に近いもの』として生かしていくためには、こうするしかなかったのだと理解してもらいたい」

 

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