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歴史・時代

東京探偵小町 第三十七話「仇討の夜」 <1>

   

『お縞姐さん!』
『銀さん、あなた! ああ、こんな姿になっちまって…………!』
『すみません。こんな無様な姿など、お目に掛けたくなかったのですが』

小説版『東京探偵小町
第十一部 ―紅蓮編―

Illustration:Dite

 

「ジルフェ」
 逸見の召し使う大鴉の目を逃れ、邸内を音もなく一巡してきた小さなつむじ風が、御祇島の手のひらに戻る。その手を軽く肩へ振ると、人間の目には決して見えることのない風の精が、口づけを贈るようにして召喚者の耳もとにふれた。
 細く高く、鈴の鳴るような音が一度だけ響き渡る。
 御祇島がうなずいてみせると、風の精は黒いインバネスコートの襟もとでくるりと輪を描き、ケープの裾に隠れた。
「ふふ。彼は大した役者だね、ニュアージュ」
「すみません、御主人さま。僕の耳には相変わらず、可愛らしい鈴の音にしか聞こえません。ジルフェはなんと?」
「欺瞞に満ちた長台詞を、そのまま伝えてくれたよ」
 精霊のひと声には、短い演説にも匹敵する大量の言葉が詰め込まれている。もはや半吸血鬼の使い魔ではなく、ひとりの妖魔として立つニュアージュならば聞こえて然るべきだったが、青藍の残した天上の枷が、妖魔としての力を弱らせているようだった。
「いや、あながち嘘ばかりとも言えないな。新橋事件の哀れな男の件はともかく、あの隻眼の使い魔については、なかなかうまい話を考えている」
 使い魔という立場を離れ、御祇島に頼ることなくみずからの力で生命を繋ぐことができるようになったニュアージュではあったが、青藍の枷もあり、まだ御祇島のように他者を自在に使役することはできなかった。御祇島が幼い時分から遊び友達のように呼び出している水精と風精は、地精や火精に比べて穏やかな気質を持つと言われているものの、誰もが簡単に召喚できるわけではない。
 ことに、つい先日まで「同輩」だったニュアージュにそう易々とひざを折るわけもなく、ニュアージュの耳には以前と同じように、風精のささやきは美しい鈴の音にしか聞こえないのだった。
「邸内には、そこかしこに吸血鬼封じの聖水が撒いてあるそうだ。わたしたちが足を踏み入れたら、ものの数秒で焼け焦げるらしい」
「そんなことをしたら、自分たちだって火達磨でしょうに」
「だから役者だと言うのだよ」
 全身に浮かび上がる青痣をそのままに、ニュアージュが苦笑を浮かべる。その白い肌に幾重にも重なる、青白く光る線。それは鳥の羽根のかたちにも似て御祇島を切なくさせたが、御祇島は眉ひとつ動かさずに、ジルフェの報告をかいつまんで聞かせた。
「そんな芝居じみた長広舌を、疑いもせずに信じたんですか、九段坂のふたりは。もちろん、信じたからこそ、形見の十字架まで手放したんでしょうけど」
「探偵事務所の看板など掲げているくせに、彼らはおかしいほどに純真なのだよ。小町くんのことになると、なおさらにね」
「あの十字架が唯一の守り札であるとも知らずに、馬鹿なことを。もちろん、あれがないのは僕らにとっても好都合ではありますけど……これではあの恐ろしいひとに、殺してくれと言っているようなものです」
 軽くうなずく御祇島の顔には、もはやかすり傷のひとつも残っていない。ひとたび本気で飢えを満たせば、ほんのわずかな時間でこれほどの回復力を示せるのかと、傍で見ていたニュアージュが驚愕したほどである。
 吸血鬼と人間の混血は、人間に近い生活を送ることができる分、魔族としての力は弱い。だが、ニュアージュが主人として仰ぐ美貌の青年は、彼らが魂の籍を置く地下世界の君主から我が子同然に愛されている。そして育ての親は、東欧の深い森に棲む、人面蛇身の美しき水妖なのである。

 

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