幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

幻妖奇譚<9> ある作家の殺人

   

人を殺してはいけません。たとえ幻妖な時空でも。

 

 高田賢太郎は、街灯に寄りかかりながら道の向こう側の煉瓦造りの建物を見ていた。
 あくまでもさりげなく、見張っていることをさとられないような態度をしているのは当然である。
 もっとも、冬のさなかで雪が降り続いているのだから、だれもが家路を急いでおり、他人に注意を払うどころではなかった。
 高田賢太郎に目を向ける者は一人もいない。
 コートのポケットにサイレンサー付きのオートマチック拳銃があることなど、通り過ぎるベルン市民には思いもよらないことであったろう。
 見張っているのは、特許事務所の出入り口である。
 やがて……、一人の若い男が出てきた。
 やせこけて背の高いその男は、うつむき加減の姿勢で歩いていく。
 なにかに没頭していて、外界が目に入らないような感じである。
 高田は、道を渡り、若い男の後ろに近寄った。
 ちょうど街灯の明かりが影を作る場所で、コートから拳銃を抜き出し、一気に三発発射する。
 若い男は、街灯の脇に倒れこんだ。
 遠くから見れば、雪道に足を滑らして倒れたとしか見えない。
 こうして、ベルン特許事務所に勤めているアルバート・アインシュタインは二十四才で死亡した。
 高田は、後ろも振り向かずに駅に行き、電車に乗った。
 郊外の森に隠してあるタイムマシンへ戻るのである。
 タイムマシンの欠点は、作動するときに大きな音と明るい光を発することであった。
 まさかベルンの街中へ、タイムマシンで出現するわけにはいかなかったのだ。
 高田賢太郎は、二十一世紀中半の時代で、もっとも成功した通俗小説作家である。
 彼が書く世界は、異次元から侵略してきた怪物と地球のヒーローが戦う物語であった。
 そこには、暴力とエロチシズムが満載しており、世界中に翻訳されて、膨大な読者がおり、したがって膨大な収入があった。
 だがしかし、これに満足しているわけではなかった。
 高田賢太郎が本当に目指していたのは、ハードSFなのであった。
 彼の処女作は『宇宙の開拓者たち』という題名で、ケンタウルス座アルファ星まで、何世代もかけて飛行する物語であった。
 これを読んだ編集者は、「陳腐な題材ですな。しかも、小説の中に科学者が出てきて相対性理論の説明をするなんて、今時流行りません」と冷たく言い放った。
 次に書いたのが『スター・エクスプローラー』で、ワープ走行で宇宙を飛び回る冒険活劇であった。
 編集者は、「テレビや映画と、小説のSFは別ものです。ワープ走行なんて、安易に相対性理論を壊すのはだめです」
 そして、やぶれかぶれで書いた第三作、バイオレンスとエロティシズム溢れる異次元からの侵略が、なぜか大受けしたのであった。
 使いきれない金を得たが、高田は満足できなかった。
 ハードSFを書きたい。
 これが彼の望みなのだ。
 だがそれを阻んでいるのは、アインシュタインの相対性理論である。
 相対性理論という縛りがあるから融通が利かないのだ。
 それならば、相対性理論が作られなければいいわけじゃないか。
 これが彼の結論であった。

 

-SF・ファンタジー・ホラー


コメントを残す

おすすめ作品