幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ラブストーリー

LOTUS extra 〜Nino*Nina〜 <前>

   

「吉岡よ。吉岡新菜」
「ヨシオカ、ニーナ」
「そう。きみは?」
「…………言いたくない」

LOTUS』 ― 一一×吉岡新菜―
≪「LOTUS」「ニーノ・ニーナ」 番外編≫

Illustration:まめゆか

 

 年に一度、8月のこの日だけ。
 あたしは、春の桜と夏の睡蓮で知られる、西公園の池のほとりに足を運ぶことにしていた。かつてお姉ちゃんが勤めていた広告代理店の、目と鼻の先にある西公園は、あたしたちがよく待ち合わせに使っていた場所だった。
(お姉ちゃん……今年もまた、この日になったね)
 駅から公園までの道のりを、足元だけを見つめて歩く。
 空を見ないように、湧き上がる夏雲を視界に入れないように。
 そうしていても、足元の影の濃さに、夏空のまぶしさを思い知らされるけれど――あのどこまでも明るい青を見たら、きっと年甲斐もなく、大声を上げて泣き出してしまうから。
(お姉ちゃん…………)
 あたしのたったひとりのお姉ちゃんが、ふいにあの空の向こうへ行ってしまってから、11回目の夏が来た。そうして今年も、骨まできしむほど胸が痛くなる、お姉ちゃんの命日がやってきた。
(お姉ちゃん……大好きだからね、お姉ちゃん。あたしは今でも、お姉ちゃんのことが世界で一番、大好きなんだからね)
 あの日――あたしは、この公園でお姉ちゃんを待っていた。
 あたしは大学入試を控えた受験生で、お姉ちゃんは社会人一年生で。土曜の午後の待ち合わせは、その日もやっぱり、あたしがお姉ちゃんを待つほうだった。あたしは制服姿のまま睡蓮の池に面したベンチに座り、8月のハレーション気味の夏空を見上げながら、お姉ちゃんが来るのを今か今かと待っていた。
(でも、お姉ちゃんは来なかった)
 そしてもう二度と、あたしを抱きしめてくれることもなければ、優しく笑いかけてくれることも、名前を呼んでくれることさえなくなった。
 あの日から、たぶん、あたしの「時間」は止まってしまったんだと思う。歳だけは、いつのまにかお姉ちゃんよりもずっと上になってしまったけれど、心はきっと、あの頃のまま。あれからもう11年も経つのに、今日はお姉ちゃんの命日なのに、大好きなお姉ちゃんはもうどこにもいないのに、あたしは今もお姉ちゃんが恋しかった。
 こんなにも、こんなにも、恋しかった。
(だめ。だめだったら。いま、お姉ちゃんのことを考えたら)
 ぐっと喉が詰まった。
 泣くのをこらえようと、上を向いたのがいけなかった。
 そこには、お姉ちゃんが永遠にいなくなってしまった日と同じ、どこまでも明るい青空が広がっていて。気づいたときには、もう両目から涙があふれて止まらなくなっていた。
「お姉ちゃん…………!」
 朝の公園には、幸い、ほとんど人影がない。
 あたしは池のほとりにあるベンチに倒れこむようにして座り、声を押し殺して泣いた。

 どんなに月日が流れても、消えない哀しみはある。
 ふとした瞬間に蘇るお姉ちゃんの思い出は、あたしを夕暮れ時の迷子のような気持ちにさせた。不安と寂しさでたまらなくなって、どこでもいい、どこかにあるはずの出口を目指して、闇雲に走り出したくなってしまうのだ。
(どうしよう……涙、止まらない)
 嗚咽を必死にこらえているせいか、出せない声の分だけ、涙が出てしまう気がする。もう泣き止まなければいけないのに、このまま泣いて溶けて消えてしまえたら、いっそ楽なのにとも思う。

 

-ラブストーリー

LOTUS extra 〜Nino*Nina〜<全2話> 第1話第2話

コメントを残す

おすすめ作品