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ラブストーリー

射光 1

   

逸人(いつひと)の胸には、決して抜ける事のない棘が、深く冷たく刺さっていた。

自分が誰を好きで、なにを欲しがっていたのかわからないまま、身勝手に奪った日を思い、後悔はつのる。

俺はヒトデナシだ。
ヒトデナシに愛情など不要。

その日、逸人は、恋人へ別れを切り出した。

――杏子、俺はお前を愛してない、だから別れよう。

 

 ――俺の前から永遠に消えてくれ。

 仕事帰りに恋人の杏子と会い、別れ話をした。
 それはつい最近、高校時代のガールフレンドだった菜々美と、仕事上の付き合いで偶然に再会した事から始まっている。
 彼女と再会し、その頃の青臭く熱い恋を思い出し、そして気付いたのだ。自分は恋などしていない、菜々美と別れてからずっと、本当に誰かを好きになる事などなかった。
 杏子は優しく気が利いていてオマケに可愛らしい娘で、申し分ない。だが愛していない。
 杏子は今年二十五になる、彼女の両親は娘の幸せな結婚を望み、期待している。だが自分には彼女と結婚する意志はない。本当に彼女の為を思うなら、別れるのが一番だと思った。それは男の身勝手な言い訳かもしれないが、事実なので仕方がない。そうとわかれば早く手放してやりたかった、彼女にはもっといい男が現れるだろう。
 別れ話に選んだ店は、寂れて人気のない小さな喫茶店で、今時流行らないオレンジのテントが貼ってある見過ごしがちな店だ。
 見かけは寂れているが、店内は落ち着いた雰囲気で、外から見たよりもいい感じだ。そう広くない店内にはウエイトレスらしき人影も見えず、どうやら店の主が一人でやっているようだった。これで旨ければ、この辺へ来た時の行きつけにしてもいいなと思いながら、逸人は店の一番奥、入り口や外から見えない席へと座った。このあたりに知り合いはいない。別に誰に見られて困るという訳ではないが、あまり目立ちたくなかった。
 とりあえずマンデリンを頼み、手持ち無沙汰に視線を逸らしていると、杏子のほうが先に口を開いた。

 

-ラブストーリー


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