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幻妖奇譚<10> 第四の問題(上)

   

数学の試験を終わって校門を出ると黄昏時だった、という経験、ありませんか。もう、泣きたくなりますよね。

 

 ここに記すのは、田舎の実家から出てきた、私の曾祖父の兄である服部大蔵が田所健太郎陸軍中佐に宛てた手紙である。
 服部大蔵は、大正から昭和にかけて活躍した実業家で、徒手空拳から身代を起こした立志伝中の人物として、実業界ではいまでも伝説的に語り伝えられる名前である。
 ときどき実業界の雑誌で見かける記事を要約すると、人を引きつける性格と語学に堪能であったことが成功の秘訣とされている。
 私が祖父や父から聞かされた話によると、親分肌であり、率先して活動する、熱血多感という、明治時代をそのまま体現したような性格だったらしい。
 血のつながり云々の贔屓を割り引いても、興味深い人物であることは間違いない。
 それで、モノカキの端くれとしてそれとなく調べていたのだが、その過程でこの手紙を発見したのである。
 手紙の宛先の田所健太郎陸軍中佐は、陸軍士官学校出身の職業軍人である。
 服部大蔵と田所中佐の関係は、表面的に見れば、実業家と職業軍人という、利害関係が一致したことによる付き合いであったと見えよう。
 実際、軍閥と財閥の悪しきつながり、という切り口で進歩的文化人が書いた記事を十年ほどまえに見かけたことがある。
 だが、調べてみると、二人の間には、単なる利害関係を越えた、深い信頼関係があったことが分かった。
 田所中佐の家は貧乏な農家であった。
 それを、服部大蔵が財政援助をして陸軍士官学校を卒業させたのである。
 二人の出会いは、郷里の橋であった。
 服部大蔵が法事で郷里を訪れていた際、川辺で遊んでいる小学生の一団を見かけた。
 ぼんやりと橋の上から彼らを見てたところ、女の子が一人、足をすべらせて川に落ちてしまった。
 服部大蔵が助けようとかけ出すより早く、一人の小学生が、仲間を指揮して手分けをし、川から助け上げてしまった。
 服部大蔵は、手際のよさに関心してしまった。
 その小学生が田所健太郎であったのである。
 なにやら小説めいた逸話だが、いつか私が書こうとしている服部大蔵の伝記では、前半の大きな山場になるはずである。
 田所中佐は、昭和十九年に北支で戦死している。
 彼の遺族が遺品の中にこの手紙を見つけ、服部家に返され、それがまわりまわって田舎の蔵に仕舞われていたのだ。

 

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