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歴史・時代

東京探偵小町 第三十八話「繋ぐ心に」 <1>

   

「あなた、自分が死にたいから父さまを殺したって言うの!? 死んでしまいたいから、みんなをあんなひどい目に遭わせたって言うの!?」
「あぁああ、そうだ。さあ、殺せえぇ、殺してくれえぇぇ!」

小説版『東京探偵小町
第十二部 ―探偵編―

Illustration:Dite

 

 全身がざわめき、周囲の音すら聞こえない。
 時枝は父の仇を見据えたまま、強く両のこぶしを固めた。
 誰かに対してこれほどまでに激しい、全身の血が煮え立つような怒りと憤りを覚えたのは初めてだった。
「許せない…………!」
 愛する父は胸や腹を執拗に刺し貫かれ、止めようもなく流れ出すみずからの血の海に倒れて絶息した。恐るべき連続殺人鬼を前に、拳銃を手にしながらも最後まで発砲することのなかったその姿は、まるで犯人の罪を抱き止めるかのようだったという。
 それと同じ光景のなかに、今度は倫太郎がいる。和豪がいる。
 道源寺やサタジットも傷つき倒れ、呼び掛けても応えないのだ。
 倫太郎たちがこの場にいる理由も、父の仇が逸見邸に乗り込んできた理由もわからないが、倫太郎たちが血まみれで倒れている理由だけは瞬時に理解できた。眠りから覚めない自分を、恐らくは身を挺して守ってくれたのだろう。
「どうしてなの!」
 こらえきれず、時枝は叫んだ。
 どんなときでもそばにいて、優しく温かく見守ってくれた人々が、父を殺した男によってむごい痛手を負っている。心から慕う大切な人々の命が、何の罪もない人々に刃を向け、最後には自分の娘まで死に追いやった男の手によって無惨に奪われていく。
 他者の命を露ほどもかえりみない、あまりにも無慈悲で身勝手な殺戮に、時枝は吐き気すら覚えていた。
「どうして、こんなにひどいことができるのよ!」
「死にてえぇからだよ、死にてェからに決まってるじゃねえかぁ!なああああ、あんただろぉ? 探偵の娘さんってのは、あんたなんだろおぉぉ? 頼むよおぉぉ、早く俺を殺してくれよおぉぉ」
「あなた…………」
 植え込みを焼く炎が次第に火勢を増していくなか、星だけが瞬く夜空から漆黒の羽根が舞い落ちる。まるでその「黒」が時枝の心に溜まっていく恨みや憎しみでもあるかのように、闇の欠片が時枝の頬をかすめ、肩をなで、腕をすべって足元に降り積もる。
 だが、その闇色の羽根はなぜか時枝の足元には留まらず、人肌にふれた淡雪のように、時枝の影に染み込んでいった。
「自分が死にたいから、父さまを殺したって言うの?」
 何かに煽られるように、時枝は声の限りに叫んだ。
 自分が涙を流していることにも気付かず、何もかもを叩きつけるように叫んだ。
「自分が死んでしまいたいから、みんなをあんなひどい目に遭わせたって言うの!?」
「あぁああ、そうだ。さあ、殺せえぇ、殺してくれえぇぇ!」
「勝手なことばっかり言って!!」
 わっと顔を覆ったのもつかのま、時枝は感情をあらわにして目を上げた。およそ今までに感じたことのない強烈な感情が、時枝の心を覆いはじめていた。
「あなたなんか……あなたなんか…………!」
 上海で父の死を知らされたときに感じた、心臓をえぐり取られるような胸の痛み。それが何度も何度も襲い来るなか、時枝は全身を震わせながら、声にならない声でつぶやいた。

 死 ん で し ま え ば い い の に ――――

 目の前に立つ狂人の死を願った瞬間。
 時枝の瞳の深紅が、恐ろしいほどに深みを増した。
 犬歯の先が奇妙に尖りはじめ、爪が鋭く伸びて時枝の手のひらに深く突き刺さる。やがて血が流れ出しても、胸の痛みと内臓を締め上げるような飢餓感に支配された時枝は、ささやかとも言える手のひらの痛みになど気づかなかった。

 

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