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歴史・時代

東京探偵小町 第三十八話「繋ぐ心に」 <2>

   

「犬でも人間でも、日本人でも独逸人でも、もう何だっていいや。だからそんな顔、しなくていいよ。アンタのこと、ボクにはわかるから。アンタのお兄さんたちみたいに、ちゃんとわかるから」

小説版『東京探偵小町
第十二部 ―探偵編―

Illustration:Dite

 

 これが、今生の別れになるかもしれない。
 黄金と翡翠の視線が重なった刹那――絹糸のような美しい銀髪を持つ少年の胸に、ふと、そんな想いがよぎった。契約を解かれてもなお、終生の主人と見なして仕える半魔の青年が、外見だけは同じ年頃の、満身創痍の青年を引き連れて敵地へと消えていく。それをどこか切なく見送りながら、ニュアージュは忌々しく痛む肩の傷に目をやった。
 肩口の肉を大きく食い千切られ、骨が見えている。
 もうひと噛みされたら、左腕は確実に落ちるだろう。
 闇に生まれた者として、他者の生命を食む者として、そして地の底に魂の籍を置く者として、「死」なるものはいつもニュアージュのそばにあった。地上での日々に終止符が打たれれば、あとはただ、闇を総べる気高き公子の、広く大きな翼のもとへ還るだけである。それを恐れはしなかったが、死して消え行くことに、一切の不安を持たないわけではなかった。
「わかっていますよ、小鳥さん」
 少年の白い肌を埋め尽くす奇妙な青痣が、時枝の危急を知らせるかのように明滅している。それはニュアージュの全身に鋭い痛みを与え、一刻も早く逸見邸の内部へ向かうようにと告げていた。
「僕だって精一杯やっているんですから、そう急かさないで下さい。まずは、あの哀れな番犬を大人しくさせないと……あなたに立派な名前を授けて下さった小さな画伯たちが、見るも無惨に食い殺されてしまいますよ」
 背後にかばったみどりと蒼馬に、ニュアージュが素早く目を配る。隻眼の魔犬と油断なく対峙しながら慎重に足場を移動させ、ふたりを守れる位置までたどり着いたことに、ひとまずは安堵する。見たところ、ふたりとも無傷なのが幸いだったが、蒼馬はきつく眉を寄せて荒い呼吸を繰り返していた。
 無論、ニュアージュに蒼馬たちを守る義務などなかったが、だからと言って見捨てておけるものでもない。昨夏の恋人でもあった美しい虎猫の手前、少しは頼りになるところを見せたいという、少年らしい気概もあった。
「それでもいいとおっしゃるのなら、僕だけ結界のなかへ戻りますけどね」
 ニュアージュの言葉が伝わったのか、青い縛鎖の瞬きがわずかに弱まる。不思議な現象に苦笑めいたものを浮かべたのもつかのま、ニュアージュはひと呼吸つきながら魔力の残存量を推し量った。
 主人たる御祇島と同じく、他者の血液から生きるための糧を得ているニュアージュにとって、魔力も体力も、気力でさえも無限ではなかった。身の内に取り込んだ血液の多寡が、あらゆる「力」の量と強弱に直結しているのである。狩りの手を抜けば露命を繋ぐことしかできず、選り好みをせずに狩れば魔族としての能力を遺憾なく発揮できる。だからこそ、今夜はここに着くまでのあいだに、何人もの人間を襲ってきたのだった。
(これだから、あの犬は嫌いなんです。しつこくて、しぶとくて、何度でも立ち上がってくる。今夜こそは、僕のほうが断然有利だと思ったのに)
 肩の激痛をこらえ、もう一度呼吸を整えて、ニュアージュはみずからの血でぬめる右のこぶしを握り締めた。
 その身に人間の血を宿す半吸血鬼として、宿命的な生きにくさを抱える御祇島を守るために、ニュアージュは御祇島の養母たちからふたつの魔術を授けられていた。御祇島の養母たちは、東欧の深い森に棲む、人面蛇身の美しき水妖である。心身の成熟を待たずして使い魔に選ばれ、契約を果たしたニュアージュは、その能力を補う意味も含めて、双頭の水蛇から敵を退けるための光球と水壁の術を授けられたのだった。

 

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