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幻影草双紙29〜マリーセレステ号事件〜

   

 海洋には多くの怪談があります。
 多くはホラ話ですが、中には、本当の事もあるのです。

 

 大正緑林大学は、名前のとおり、大正時代に創られた大学である。
 歴史は古いが、大学の建物は新しかった。
 インターネットが普及し始めた頃、インフラ整備にあわせて、次々と建物を造りかえたのである。
 中央棟は、20階の高さで、大学のシンボルとなっている。
 中央棟の最上階の窓からは、霞ヶ浦や鹿島灘の太平洋を見はるかしている。
 別な方向を見れば、筑波山がある。
 なお、この山の名前を冠した大学が出来たので、大正緑林大学関係者は、面白くなかった。
「新参者が、大きな顔をしおって」
 というわけである。
 どちらも理系、医歯薬系。
 新設の大学の教授の多くは、大正緑林大学の先生に教わった経験がある。
「それなのに、教授になったら、昔の恩をわすれやがった」
 と、憤る大正緑林大学の教授も多い。
 だが、大正緑林大学名誉教授である大畑研二は、「まあ、いいではないか」と言っていた。
 なにしろ、物理学の教育一筋の温厚な紳士なのである。
 定年後も、大学で教えていた。
 物理学と学生を愛し、大学が好きな、大正緑林大学のOBであった。
 
 大畑研二は、中央棟最上階で、エレベータを降りた。
 卒業式の礼服を着ている。
 卒業式が終わり、自分の部屋へ戻ってきたのである。
 廊下を進み、部屋のドアを開ける。
 そこは秘書室であった。
 秘書室の奥が彼の部屋なのである。
 秘書が、声をかけた。
「先生、アダムスキー中田様、という方からお電話がありました」
「誰?」
「アダムスキー中田様です」
「知らないなぁ。何の用?」
「お目にかかって、お話ししたいことがあるそうです」
「ふうん……」
 近年、ストーカーなどが問題になり、大学の警備も厳重になってきた。
 しっかりと用件を言わなければ、守衛が学内へ入れてくれない。
 アポイントメントを取らなければ、面談はできない。
 知らない人物との面談は、要注意である。
 よくて、うさんくさい金融のセールス――、悪くすれば、無言で出刃包丁を出して、グサリ――。
 だが、大畑研二は、温厚で人が良かった。
 人を疑うということが、あまりない。
「会いたいって、何時?」
「すぐにでも、とおっしゃっていました。正門前の喫茶店にいらっしゃるそうで……」
「その人の電話番号は、聞いているの?」
「はい」
「じゃぁ、30分後、と連絡して」
「分かりました」
 秘書が電話する音を背中に聞いて、大畑研二は、自分の部屋へ入った。

 

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