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歴史・時代

東京探偵小町 第三十八話「繋ぐ心に」 <4>

   

「このクソ医者が……勝手なこと、ばっかり、言ってンじゃねェ。
 何でも、かんでも、大将におっかぶせやがって…………!」

小説版『東京探偵小町
第十二部 ―探偵編―

Illustration:Dite

 

 時枝が助けを求めている。
 悶え苦しむ声が、悲痛な叫びがすぐそばから聞こえてくるのに、指先ひとつまともに動かせない。あまりに不甲斐ない自分にほぞを噛みながら、和豪は時枝の声に耳を澄ませた。
 声すら思うように出せないのは、かたちばかりの築山を背にした伏石に、したたかに胸を打ちつけたせいだろう。今や口中に血の味が広がり、息をするたびに、肺のあたりにきしむような激痛が走る。骨が折れていると見て、間違いなかった。
(畜生…………!)
 広い中庭に点在する敷石や伏石に、何度も何度も叩き付けられ、和豪は自分の体がどうなっているのか、皆目見当がつかなかった。ただ、眼前に広がっている黒い水たまりが、自分の体から流れ出た血であることだけは確かだった。
(…………大将ッ)
 昔から、体力だけが取り柄なのだと思っていた。
 異母兄弟たちに比べて体格は劣るものの生来頑健で、風邪ひとつ引かずにここまでやってきた。剣術で鍛えてきた体にはそれなりの自負があり、剣術の腕そのものも、大抵の相手には引けを取らないつもりだった。妾の子として冷たい仕打ちを受けながら育ってきた和豪にとって、祖父から叩き込まれた剣術と我流の喧嘩殺法だけが、心の拠りどころだったのである。
 だからこそ、名探偵と呼ばれる永原朱門の用心棒を名乗ることができたのだ。朱門の一番弟子であり、その優秀な助手である倫太郎と、まがりなりにも肩を並べることができたのである。
 その朱門をおのれの力不足から目の前でうしなったとき、和豪は一度ならず死を考えた。連続殺人犯に惨殺された朱門と、上海で暮らす朱門の家族に、腹を切って詫びたいと本気で考えたのである。倫太郎の説得がなければ、この大きすぎる不始末をあがなう術を求めて、みずからに刃を突き立てていたに違いなかった。
(クソッ……おんなじこと、繰り返してたまるかよッ…………!)
 起き上がろうとする意志さえ砕くような激しい痛みが、全身を支配している。悔しさにギリッと歯を食いしばりながら、和豪は朱門を襲い、時枝を苦しめている、新橋事件の犯人の圧倒的な力を思い返した。単なる怪力どころの話ではない、とても人間業とは思えない、圧倒的な力である。その証拠に、愛用の木刀までがいとも簡単に折られていた。
 和豪の木刀は、かつて「林のヌシ」と呼ばれていた古木の芯から生み出された、貴重なひと振りだった。紙垂と注連縄つきでまつられていたわけではないものの、霊木と言っても過言ではない立派な老木の芯だけを、同心円を描く年輪に沿って削り出した家宝の品である。たやすく折れるものではなく、和豪もこの木刀が折れるなどとは夢にも思っていなかった。
(木刀なんざ、なくたって)
 胸の内でつぶやくものの、得物なくしては、時枝を苛む者たちに立ち向かうこともできない。ふと、向こうに倒れる道源寺の拳銃が頭に思い浮かんだが、敵に気付かれずに確保できるような距離ではなかった。それでも、道源寺の拳銃に頼るしかないだろうと思い定めた瞬間――どこからか、聞き覚えのある声が届いた。
『剣士くん。君もわたしも、好機は恐らく一度きりだ。加えてその無様な姿。無駄に動くのはよしたまえ』
(ンだとッ)
『神とやらでも天使でも、亡き名探偵の御霊でも……何か大いなるものが君たちを加護しているというのなら、好機は必ずやってくるだろう。それを逃さないことだ』
(その声……てめェ、まさか!)

 

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