幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

東京探偵小町 第三十九話「星ひかる」 <2>

   

「あんた、なんで……なんで俺なんかをそんなにかばうんだよぉ」
「あなたには、もう、こんな思いをしてほしくないから」
「フン。ならば、どこまで耐えられるか試してみるがいい。正気を失った狂女を飼うのも、また一興だ」

小説版『東京探偵小町
第十二部 ―探偵編―

Illustration:Dite

 

 覚えのある感覚に、時枝は全身をがくがくと震わせていた。
 死を覚悟するほどの思いで乗り越え、消し去ったはずの飢餓感がまたもや引き出されようとしている。それも、ついさっき味わった飢餓感とは比べ物にならないほどの強さで、時枝の意思そのものを力づくでねじ伏せようとしていた。
「お嬢さん、大丈夫ですか!?」
「だい、じょうぶ」
 しっかり応えようと思うのに、声が震える。
 自分を案じる倫太郎の声から顔を背け、差し伸べられる手を弱々しくはねのけると、時枝はおのれの肩に爪を立てながら強くまぶたを閉じた。
(だめ、負けちゃだめ。心を強く持つの)
 恨みも飢餓感も、一度は退けることができたのだ。
 今度だって拒絶できないわけがない、乗り切れないわけがない。そう自分に言い聞かせながら、時枝は自分のなかに生まれた暴風を必死になだめた。
「大丈夫、だから……先に逃げて。お願い…………!」
「何を言うんです、さあ、僕につかまって下さい」
「だめ、だめよ、倫ちゃん。あたしにさわらないで」
 頭のなかに、「喰い殺せ」という言葉だけが重々しく鳴り響く。
 くちびるを強く噛み締めた時枝は、くちびるではなく、口の端に血の味を感じて口もとを覆った。
(え…………?)
 手のひらに伝わってくる、異様な感触に息を飲む。
 口の両端に突如として現れた「小さな突起」は、鋭く伸びた犬歯に違いなかった。半吸血鬼である御祇島と交わした血液の授受と、時枝を手中に収めようとする逸見によって変容を強いられた体が、二度に渡る猛烈な飢餓感に呼応して、ついに魔性を現しはじめたのである。
(うそ、こんなの違う、こんなのだめ!)
 体の震えが止まらず、動揺のあまりの涙がこぼれる。
 何かにすがりたくて、「先に逃げて」「さわらないで」とうわごとのように繰り返しながらも、時枝は無意識のうちに倫太郎に手を伸ばしていた。だが、その手が血に染まったシャツの胸元ではなく、襟の奥にある温かな喉首へ向かおうとしていることに気付いて、時枝は自分の手を必死に叱りつけた。
(あたしは魔女なんかじゃない。誰かを襲ったりなんかしない、倫ちゃんを傷つけたりなんかしない!)
 胸に下げた形見の十字架が、焼けるように熱い。
 首に掛かる細い銀鎖が喉をきりきりと締めつけるような気がして、息ができない。時枝は小さくうめきながら、肌を焦がす形見の十字架にふれた。
「お嬢さん、いけません、手が!」
「大丈夫」
 時枝の肌と十字架のふれたところから、うっすらと煙が上がっているのを見た倫太郎が、慌てて時枝の手を払おうとする。だが、時枝は耐え難い痛みを覚悟して十字架にふれ、前を見据えた。
「愚かな娘だ」
 時枝の視線を受け止め、声もなく笑う逸見の頭上で、通常の何倍もある大きな鴉が旋回する。漆黒の羽根が黒い雪のように舞い散るなか、やがて逸見の肩に夜空から舞い降りた大鴉がとまり、断末魔のような鳴き声を上げた。

 

-歴史・時代

東京探偵小町 第三十九話「星ひかる」<全4話> 第1話第2話第3話第4話

コメントを残す

おすすめ作品

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第34話「それでも――――」

   2017/11/20

探偵の眼・御影解宗の推理 【嘆きの双子】15

   2017/11/20

ロボット育児日記39

   2017/11/17

忠実な部下たち

   2017/11/17

モモヨ文具店 開店中<36> ~帰り行く者~

   2017/11/16