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歴史・時代

黒い鷹(二)・巖頭孤鷹 第三話

   

「武備は怠るべからず」

会津家家訓

 

 骨董商の巴屋のある日本橋北内神田両国浜町から、八町堀霊岸嶋日比谷町に来ると、さらに町屋が集積している。
 場所柄、青物や魚類を扱う商店も、かなり、多い。
 商人の町でもあるのだ。
 小路へ入ると、一軒作りの町屋が並んでいる。
 表通りの店屋に関係する者たちの住まいが、並んでいるのだ。
 それに、旦那衆が遊びに使う別宅も多い。
 それは、そのような町屋の一つであった。
 稲荷に隣接していて、場所がよい。
 瀟洒な作りである。
 玄関扉には、貸家の札が付いていた。
 だが、これは、人を欺く策略なのであった。
 借手が、大家に頼み、誰もいないように見せかけているのだ。
 その借手というのは、萩家江戸家老吉田吉次郎であった。
 江戸家老なので、吉田吉次郎は、もちろん、萩家上屋敷に住んでいる。
 徳川の意向を察知し、萩家の安泰を守るために、様々な工作をしなければならない。
 それが、江戸家老の役目である。
 そうした工作の、いわば前線陣地が上屋敷なのである。
 上屋敷で、様々な策略を練り、配下の侍を動かして、工作を実行するのだ。
 戦国の世の軍略にも匹敵する策略は、広大な庭を歩きながら、考える。
 しかし、いくら一万坪の上屋敷でも、人の眼は、常にある。
 江戸家老といえども、人の眼から、完全に逃れることは出来ない。
 非常に高度な策略を練るには、人の眼は邪魔である。
 それに、萩家江戸家老吉田吉次郎が考える策略は、萩家の為だけのものではない。
 自分自身の為の策略も練らなければならない。
 こうしたことがあるので、江戸家老吉田吉次郎は、密かに、いくつかの町屋を借りていた。
 その町屋で、本当に人の眼を逃れて、人に知られては困る策を練るのだ。
 日比谷町の、貸家の札が付いたこの町屋も、そのような隠れ家の一つであった。
 この家にいるのは、吉田吉次郎と、腹心の用人の、二人だけである。
 その夜。
 吉田吉次郎は、蝋燭の火で、碁盤を見つめていた。
 もちろん、囲碁を考えているのではない。
 白と黒の石を見ながら、心の中では、黄金色を考えていた。
 つまりは財政のことを考えているのである。
 今年また、鴻池家から、十万両を借りなければならないか、と思案しているのだ。

 

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