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一打席勝負

   

今年で四十四歳、実働プロ二十五年以上を誇る投手 広井 哲夫は、シーズンオフに入るや否や、オーナーから戦力外通告を突きつけられた。客観的には必然とは言え、他に高給を稼ぐ手段のない広井は、無理を承知で現役続行を志願した。

すると、球団オーナーの酒井 次郎は、野球経験者である自分の親戚との勝負という条件をつけてきた。広井が勝てれば、現役続行というわけだ。

現役のプロ対アマチュア、しかも、ホームラン性の当たりを飛ばされなければ広井の勝ちになる、明らかにピッチャー側にとって有利な条件である。広井は、オーナーに感謝さえしながら球場に向かうのだったが……

 

「うーむ、無理だねえ。長い間助けてくれたのは認めるが、君は、来年の戦力構想には入っていないんだよ」
 関東ドルフィンズの球団事務所内で、広井 哲夫は、戦力外の通告を突きつけられた。いつも笑顔を崩さない酒井 次郎は、穏やかな表情のままで、きっぱりと、来季の契約を結ばないという事実のみを伝えてきた。
「そっ、そんなっ、ケガの具合はかなりいいんですよ。来シーズンが始まる頃には、本調子に戻ってますって!」
「この場が十年前だったら、君の言い分を聞かないでもなかったんだがね。年齢を考えると、もう待つことはできないよね。多分、僕だけじゃなくて、他の球団でも、同じ答えが返ってくるだろう」
 広井の反論を、酒井は一瞬たりとも考えずに退けた。
 無理もない、と、慌てて喋っている広井本人も感じてしまう。何故なら広井はもう四十四歳、高校を卒業してから、二十五年以上をこの世界で過ごしてきたのだ。
 他球団を見渡してみても、同期はおろか、二つ下の世代まで、もうプロに残っている選手はいない。
 この年齢で現役ということで、話題になることも少なくなくなったが、確かに戦力としては計算できない部分がある。
 だが、だからって、はいそうですかと受け入れるわけにはいかない。
 こちらにだって生活があるのだ。マンションや車のローンだって、まだ支払い終わっていないのである。
「まあ、残念だけどピッチングコーチの枠は埋まっていてね。バッティングピッチャーならすぐにでも頼みたいところなんだけど……」
「いえ、何とか現役続行という形でお願いしたいんです。わがままなお願いなのは承知しているのですが」
 酒井の提案は常識的なものだったが、広井としては選べなかった。
 大活躍すれば、翌年数億円の年棒が見込める現役選手と比べて、裏方のバッティングピッチャーの給料は安く、大幅な増額を望めない。
 裏方の給料では、十年前に買った家のローンを支払い切ることは難しい。
 何より、実際の活躍はどうあれ、現役であるという肩書きこそ、今の広井が求めてやまないものだった。
 慣れ親しんだ球団のユニフォームを着られて、ボールを投げて給料を貰えるというだけで、かなり恵まれた進路だということは分かっているが、どうしても彼は現役にこだわりたかった。
 今まで契約更改時に一切交渉せず、球団の側の都合に常に沿ってきたのは、ひとえに、使い続けてもらいたかったからである。

 

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