幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

黒い鷹(三)・阿吽仁王 第四話

   

「疾きこと風のごとく、動くこと雷霆のごとし」

孫子

 

 浅茅村から本郷の瑞竹寺までは、一日の距離である。
 黒鷹精久郎が阿弥陀堂に戻ったのは、夕暮れであった。
 部屋の中を見渡す。
 部屋の隅には、本が重なっている。
 『孫子』、『呉子』や『甲陽軍鑑』などの兵法書、『史記』、『吾妻鏡』といった歴史書、それに『唐詩選』や『三体詩』のような漢詩の本もがある。
「薬草については、ほとんど知らない。迂闊であった」
 浅茅五郎新左衛門から薬草の本が届いたら、読破しなければならない。
 黒鷹精久郎は、寝た。
 火傷の傷が痛むが、気にはしない。

 次の日。
 朝の鍛錬を終わると、瑞竹寺を出た。
 昼まで、いくつかの刀屋を尋ねた。
 阿仁王丸のことを、聞いたのである。
 だが、どこの刀屋でも、詳しいことは、分からなかった。
 分かったのは、次の伝説だけであった。
 大刀の阿仁王丸、小刀の吽仁王丸が、揃いになっている――。
 越中呉服郷郁正が鍛えたとされている――。
 銘は無い――。
 茎には、大刀では阿仁王丸、小刀では吽仁王丸と彫られている――。
 大小が分かれているときは、お互いを捜して、血を求める――。
 大小を揃えて腰に差した者は、人を斬りたくなる――。
 明智光秀の怨念が取り憑いている――。
 子は怪力乱神を語らず、という言葉があるが、黒鷹精久郎も武士として、こうした伝説は信じていない。
 ただ、阿仁王丸をこの眼で見た、それは確かであった。
 やがて、昼になった。
 黒鷹精久郎は、雑司ヶ谷音羽町の本多道場へ向かった。
 先日、見学をした道場である。

 

-歴史・時代

黒い鷹(三)・阿吽仁王<全7話> 第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話

コメントを残す

おすすめ作品