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ノンジャンル

一突きの魔女

   

権力者として成功した菅井 恭一は、いわゆる暗殺者を探していた。かつてやってきた悪事の詳細を知る人間を、消さなくてはならなかったからだ。

方々をあたってみた菅井は、結局、刺客を放っての「テスト」にもまったく動じなかった「魔女」と呼ばれる女性に、仕事を依頼することにした。

「魔女」は、期待通り楽々と仕事をこなし、無事、標的を打ち倒したのだったが……

 

「さてと、何のご用かしら? 占いや化粧品作りの依頼じゃないわよね」
 人里離れた森の奥に、ぽつりと佇む洋館。その寝室に、女性の声が響く。
 快活で高く澄んではいるが、若い女性が決して持ち得ないような、年輪を重ねた落ち着きも含まれている。
 何より、招かれざる大勢の客を目の前にして、微塵も不機嫌の気配を漂わせていないというのは、不自然な凄みがある。
 こうした立居振るまいだけを取っても、目の前の女性が、「普通」とはかけ離れた存在であることは明らかだ。
「本気で私と戦いに来たとすれば力不足だし、口説きに来たのなら無粋過ぎるわね。もう少し、優秀な紳士を揃えたらどうかしら?」
「善処する」
 私は、生唾を飲み込みながら、ようやく一言、口にすることができた。
 部屋の中には、十数名の逞しい男たちが倒れ伏せている。金とコネを使って集めた、言わば私の私兵だ。それぞれが、プロレスラー並の戦力を有している。個人の備えとしては、最高水準と言っていいだろう。
 しかし、目の前の彼女は、そんな屈強な私兵たちの突撃を、まるで踊るようにやり過ごし、そして倒していった。
 おそらく、急所への打撃を入れたのだろうが、私の動体視力では、何が起こったかを正確に見通すことはできない。
 確かなのは、目の前にいる、恐ろしいほど端正な顔をした女性は、屈強な音たちの襲撃を、まったくの無傷でやり過ごしたということだ。
「私を、試したってわけね? 紳士にしては、随分荒っぽい……」
「す、済まない。絶対に成功させたかったからな」
「ふふ、『仕事』を頼んでくるような人は、皆そうでしょうね」
 私は、ここ数十年口にしたことがない、謝罪の単語を声にしてみせた。
 屈辱の感情が腹の底から沸き上がってくるが、仕方がない。
 私がこれから安全と平穏を手にするには、何としても、「業界」最高の使い手と言われる彼女、「一突きの魔女」の働きが必要なのだ。
 私、菅井 恭一は、自分で言うのも何だが、名士で通っている。 企業活動、政治活動、そして、文化や慈善に至るまで精力的に取り組み、今や、世界各国の政府とも、良い繋がりを構築している。 興味はないが、望めば大臣の椅子だって手に入るだろう。
 まさに順風満帆、後は仕事をしながら、悠々自適の毎日を送っていけばいいはずだった。
 だが、状況が変わった。いくつかの雑誌社の記者たちが、私の「過去」についての取材を始めたのだ。
 恐らく、インターネットの書き込みなどを見た、暇な遊軍記者たちが、何となく興味を持って動き始めたのだろう。
 普段なら、余裕の笑みでも浮かべて見過ごすところだろうが、今回に限っては、腰を上げる必要があった。
 何故なら、噂は事実で、しかも、ネット上に書かれているものよりも、ずっとえげつなかったからである。
 今でこそ、温和な紳士として通っている私だが、若い頃は、散々悪事を働いてきた。
 単価の高い違法薬物や銃の密売、盗難車両の仲介までをも行い、表の仕事では得られないような巨額の資金を手に入れた。
 税金を支払わなくていい大金の力は絶大で、不動産や貴金属への「洗浄」、ロンダリングも簡単に行うことができた。
 私は、裏稼業で入手した金と、「同業者」たちを当局に引き渡すことで得られた「信用」を原資に、名士への道を歩き始めたのだ。
 だからこそ、隠された「過去」を知っている人間が未だに生きているという新事実に、私は戦慄した。
 抗争や内紛で全滅したものとばかり思っていたが、こうなっては、「結果」が全てだ。
 とにかく、「奴」と記者が接触し、スキャンダルが明るみに出る前に、全てを消し去ってしまわなくてはならない。
「貴女しか、頼れる方がいなかったのです。私は、表の人間ですから」
「ま、そうでしょうね。なかなか、知らない相手からの『仕事』を受けはしないでしょう。私以外の人たちは」
「魔女」は、にこりと笑い、一つ手拍子を打ってみせた。
 すると、部屋の影から、全身黒ずくめの服をまとった男たちが現れ、「魔女」に耳打ちをし、何かを手渡した。
「いいでしょう、お受け致しますわ。相場はお分かりでしょうね」
 しばらくして、「魔女」は、私の方に歩み寄ってきた。実に魅力的な笑顔だが、親しくなろうとは決して思えない程度には冷ややかだ。
 私に限らず、この「魔女」の黒水晶のような瞳を覗いて、近付こうと考えられる人間は、恐らくほとんどいないだろう。

 

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