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幻影草双紙40〜桜と人形〜

   

 桜の花は、きれいですが、どこか、不気味さを感じませんか。

 

 加賀谷頼子は、朝7時の東北新幹線に乗った。
 会社へ寄らず、家から、そのまま新幹線に乗ったのである。
 かなり時間が早いが、それも計算のうちであった。
 新幹線からローカル線に乗り継ぐのだが、このローカル線の便数が少ないのである。
 ローカル線を降りて、バスに乗る。
 このバスの便数は、さらに少ない。
 ということで、ようやく桜子村のバス停へ着いたのは、昼過ぎであった。
 林の中の道を歩き、桜子寺へと向かう。
 細い道を抜けると、視界が開けた。
「あら」
 加賀谷頼子は、思わず、声を上げた。
 川沿いに植えられた桜が、満開に咲いていたのであった。
 東北の遅い春である。
 山村の川沿いの並木なので、花見をする人はいない。
 無人の土手に、ただ、桜だけが、満開に咲いている。
 加賀谷頼子は、童謡の『花かげ』を思い出していた。
『花かげ』は、大村主計が、嫁いでいく姉を見送った心情を詩にしたものである。
 ……花嫁姿の姉は、俥にゆられてゆき……。
 ……わたしはひとりぼちになった……。
 作曲は豊田義一。
 加賀谷頼子は、幼い頃、この歌を聴くと、必ず涙を流したものであった。
(懐かしいなぁ)
 加賀谷頼子は、小さく『花かげ』を口ずさみつつ、万朶の桜の花吹雪の中を、桜子寺へと歩いていった。
 昔を思い出し、眼には、うっすらと涙が浮かんでいる。
 この光景を、仕事関係の者たちが見たら、驚くであろう。
 加賀谷頼子でも、涙を見せることがあるのだ――。

 

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