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ノンジャンル

ダークホース

   

 高校二年生の頃からつきあっていた浩介にふられた私は、レンゲ畑でボーイフレンドの明に逢う。
 明は私がふられるのを待っていた。
 話が終わって見上げた空は、あたたかなスミレ色をしていた。

 

「うまくいってると思ってたのは、私だけだったんだ。馬鹿みたい」
 私はレンゲ畑の真ん中に座りこんで、ため息をついた。
 高校二年生の頃からつきあっていた浩介にふられたのは、つい数時間前のことだ。
 今日は四ヶ月ぶりのデートだった。昨日買った服を着て、気合を入れてメイクして、待ち合わせ場所の喫茶店に行ったらだしぬけに、別れよう、と言われた。
 ――何て言ったの?
 ――別れようって言ったんだ。
 ――誰と誰が?
 ――美紀と俺が。
 ――どうして?
 ――好きな子ができた。同じ町に住んでる。
 私達は遠距離恋愛をしている。
 私の住むN町から浩介の住むT町までは、電車で片道四時間ぐらいかかる。N町とT町の中間にあるこのK町でデートをするのが私たちのルールだ。
 お互い仕事の合間にメールや電話をしていたし、最低でも四ヶ月に一回は休日を合わせてデートもしていた。
 ――いつ、その子のこと好きになったの?
 自分でもわかるくらい声が震えていた。
 浩介は視線を窓へ向けてぼそりと言った。
 ――二年前の秋。
 愕然とした。彼の気持ちの変化に全く気づいていなかった。
 結婚を考えて式場やウエディングドレスのパンフレットをあれこれ読んでいた時間は何だったのだろう。
 遠距離恋愛が大学一年生の頃から続いているのを自慢するたびに、近くにいないと恋は終わると言っていた同僚の顔を思い出す。即座に否定していたのが今となっては恥ずかしい。
 私はかろうじて「わかった」とだけ答えて席を立ち、自分の住むN町に戻ってきたけれど、アパートに帰る気にはなれなかった。部屋には浩介からもらったテディベアやイヤリングがあるし、肩を並べて撮った写真が飾ってある。そしてなにより、今日のデートを楽しみにして浮かれていた私の気配が残っている。ハッピーオーラが詰まった空間のドアを開ける勇気はまだない。
 あてもなく歩きまわりたい衝動にかられて、行き先を確かめずにバスに乗り、山の麓にあるバス停で降りる。たまたま見つけた小路を進んでいくと、レンゲが一面に咲いている畑に出た。辺りに民家はなく、人影もない。
(ちょっとだけならいいよね……)
 畑の真ん中に座りこんで、花や茜色の空を眺めていても、頭の中は自然と浩介のことでいっぱいになる。誰もいない教室で二人同時に告白し合った高校二年生の放課後とか、つきあって初めてしたケンカとか、大学に通うためひとり引っ越していく彼を見送った朝とかが脳裏に蘇って、視界がじわりとにじんだ。
 うまくいっていると勘違いしていた自分が情けないし、腹立たしい。
 わかったの一言で終れる仲ではなかったはずだ。もっとたくさん言葉を投げつけて、ビンタの一つや二つおみまいするべきだった。
 浩介も浩介だ。別れたいのならもっと早く言えばいい。昨日まとめて今日の分の仕事をすることもなかったし、給料日前なのに新しい服を買うこともなかった。交通費だってういた。
「浩介のっ、馬鹿!」
 罵声と一緒にむしったレンゲを投げ捨てた。
 その時。
「何やってるの。こんなところで」
 ひょろんとした声が聞こえた。
 びっくりして座ったまま振り返ると、高校から大学まで一緒だった明が立っていた。
「泣いてるの?」
 明は私の隣りに座ると顔をのぞきこんできた。
 慌てて明後日の方を向いて、涙をぬぐいながら嘘をつく。
「目にゴミが入っただけよ」
「ふーん。まあ、泣きたいなら泣けばいいよ。すっきりして気持ちも落ち着く」
 のんびりと言う明に違うと訂正を入れるけれど、「はいはい」と流されてしまう。
「どうせ、ふられたんだろ」
「――なんでわかるのよ」
「ふられたって顔してるからさ」
 ぷぷっと笑われてカチンとくる。春物のセーターを着ている背中を思い切り叩くと「いたっ」悲鳴があがったが、表情は涼しい。本当に痛いのかわからず、憎たらしさが募る。もう一度叩いてから、嘆息混じりに疑問を吐き出した。
「あんたこそ、どうしてここにいるのよ」
「この辺りは俺の散歩道で、ここは親父の畑だから」
「ごめん。勝手に入った」
「いいさ。ちびっこが毎年、無断で駆け回ってる。それより、久しぶりだね。居酒屋で大学の卒業祝いをして以来だ」
 言われて気がつく。こうして逢うのは四年ぶりだ。プライベートなことでちょくちょくメールや電話をしているからか、久々という実感がいまいちわかない。
 レンゲを摘んでいる横顔に話しかける。
「あんたが高校の先生になってずいぶん経つけど最近どう? 楽しい?」
「どうかなぁ。楽しいっていえば楽しいし、楽しくないっていったら楽しくない」
「どっちよ」
「どっちもってことさ。どうせなるんなら保健室の先生になればよかったなぁ」
「……ベッドでこっそり寝られるかもしれないから?」
「うん。実際、その理由で保健室の先生になった奴を知ってるよ。俺も真似すればよかった」
 口調は本気のようだけれど、くすくす笑う顔を見れば冗談に聞こえる。

 

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