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SF・ファンタジー・ホラー

幻妖奇譚<11> 破壊

   

幻妖奇譚、第十一回目。幻妖の世界ではキリの良い数字ですので、これでお終いにします。

 

 北部管区特殊病院の病院長は、客を案内して重症患者区画へ入った。
「ごらんなさい」
 いちばんはじの病室の窓の中を指さした。
 病室の中では、白い患者服を着た男が、半身にかまえて、両こぶしをそろえて耳のわきに付けている。
「彼は、自分が長嶋茂雄だと思っているんです」
 彫りの深い顔をして、一部の隙もなく着こなしている恰幅のよい客は、黙って中を見ていた。
「長嶋茂雄とは、日本の野球のヒーローです。現役を引退して三十年以上経ちますが、全盛時代の活躍はいまだに語りぐさになっていますよ」
 院長は言葉を切った。
 新人の医者を指導するような説明口調に気が付いたのである。
 長嶋茂雄を知っているのは日本人だけだろう、という先入観にも思い当たったのだ。
 患者は、両方のこぶしを振った。
「ホームランを打ちました。満員の球場で逆転満塁ホームランを打った気になっています」
 客は、表情を変えずに頷いた。
「こちらへどうぞ」
 院長は、さらに廊下の奥へと客を案内した。
 また病室のひとつをのぞき込む。
 その部屋の患者は、手を腰にあてて仁王立ちしていた。
「彼はフランス人なんですが、日本へ仕事に来ていて発病しました。彼は、自分がナポレオンだと信じています」
「ほほう」
「ワーテルローで、必勝を期してフランス軍を展開しているんです」
 院長は、さらに廊下を進みながら言った。
「ああいうふうに外界を遮断して、別な人間になりきってしまう。うちの病院でも重症の方です。現在、長島茂雄が三人、坂本龍馬が二人、他にナポレオン。シーザーも一人いますよ」
「直らないのかね」
「正直なところ、無理ですね。それほどの重症なんです」
「それでも――、と言うんだね」
「はい。それでも、コットに比べれば、まだまだ軽症です。コットはスケールが違う。なにしろ、世界を破壊する超能力がある、というんですから」
「ううむ」
「こんなにスケールの大きい患者は初めてです」
 二人は、さらに廊下を進んだ。

 

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