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歴史・時代

東京探偵小町 第四十話「少女探偵」 <1>

   

「あたし、あなたを殺してしまった。あなたを死なせて、本物の魔女になってしまった。あたしはこうやって、これからも悪いことをするんだわ」
「なんであんたが、悪ぃことをするんだよぉ。あんたはなぁ、何があったって、悪ぃことなんかしやしねぇ」

小説版『東京探偵小町
第十二部 ―探偵編―

Illustration:Dite

 

「いけねぇ……いけねえよぉ、探偵の娘さん」
 涙など出尽くしたはずなのに、またもや視界がぼやけていく。
 全身を満たす紛れもない充足感に、心からの安堵と震えるほどの戦慄を覚えながら、返す言葉を持たない時枝は泣き腫らした目で応えた。
「そんな顔、しちゃあ、いけねぇよぉ」
「どうして……あたし、あなたを助けたかったのに」
「ありがてぇなぁ。でもよぉ、俺もあんたを助けたくてよぉ」
 新橋事件の犯人が、口もとに笑みのようなものを浮かべる。
 ようやくしっかりと意識を取り戻した時枝の手をみずからの首に強引に導くや、止める間もなく枯れ木のように干からびてしまった男は、かすれ切った声で懸命に言葉を継いだ。
「そうだよなぁ。こんな汚ねぇ、親父さんの仇の命なんざぁ、喰いたくなかったよなぁ。よく我慢して喰ってくれた……あんたの糧になって死ねるなんてよぉ、こんなありがてぇことはねぇよぉ」
「ごめんなさい…………!」
 ほかに言葉が見つからず、時枝は細い肩を震わせてうなだれた。男の首にふれることによって必要十分な糧を得たせいか、心も体もいつもの自分に戻っているのがわかる。あれほどに自分を苦しめていた、臓腑を締め付けるような飢餓感も嘘のように消え去り、見れば体のあちこちに散らばっていたかすり傷まで癒えている。
 それが意味することは、たったひとつしかない。
 喰べてしまったのだ。
 目の前の男を。
 父の仇を。
「あたし、今なら良くわかるの。父さまは、あなたをただ捕まえたかったんじゃない。あなたを助けたかったのよ。だからあたしも、あなたを助けたかった。これからどうすればいいのか、一緒に考えたかった。それなのに……あたしはあなたを…………!」
「なんでだよぉ、なんで俺なんかに頭を下げるんだよぉ」
 時枝の手を握り締めていた男の手から、力が抜けていく。
 ようやく解放された手をのろのろと胸元に引き寄せ、時枝は声もなく顔を覆った。つかのまの眠りから覚めてみれば「逸見晃彦」のなきがらが眼前に横たわり、かすかな恋心を覚えていた美しき青年教師が、宿敵と見なしていた怪盗と同じ姿をして立っている。
 ひと晩のうちに何もかもが大きく変わり、起こった出来事を把握しきれない時枝にとって、男の行動は奇襲に近いものだった。時枝の意思など一切構うことなく、強引にその手を捕えて、自分の命を受け取らせたのである。
 時枝は無論、拒絶した。
 したはずだった。
 体に残る、ありったけの力で突き放せば、男の手をなんとか振りほどくことができただろう。そうしなかったのは、男の行動を拒絶する気持ちの裏に、「まだ死にたくない」という思いがあったからにほかならない。ここまで懸命に耐え忍んできたにも関わらず、生を求める本能が理性を凌駕し、ついに他者の命を汲み尽くしてしまったのである。心のどこか奥深くに潜んでいた「父の仇への恨み」も、時枝の本能を後押ししたのかもしれなかった。

 

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