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ウサギとイヌのお茶会

   

「あんたは大人になりきれていない子供だよ」
 法子は私にそう言った。
 私達は紅茶を飲みながら、現在と過去そして未来について話す。
 これからの13年後を生き抜くために、私はお茶会の絵を描く。

 

 3月10日。
 小学6年生の私は今こうして、25歳の私に手紙を書いています。でも、何を書いたらいいのかわかりません。友達のゆかちゃんは将来の夢とか、13年後にはこうなっていたいとか、適当に書けばいいと言うけれど、今の私に夢はないし、こうなっていたいという希望もありません。ゆかちゃんや他のクラスメートにはあるようで、ちょっぴりうらやましいです。私も早く見つけようと探せば探すほど頭がこんがらがってきます。
 ゆかちゃんは、私にはバイオリンがあると言います。確かに私はバイオリンを習っています。だからといって、バイオリニストになりたいわけではありません。もっとうまく弾けるようになりたいとここに書いたとしても、それはこつこつ練習をして、上手な人のバイオリンをきくしかないと思います。なので、13年後の私にわざわざ言うことでもないでしょう。そもそも13年後もバイオリンを弾いているのかさえわからないのに。
 確かなのは、今よりも13歳老けていることだけ。いわゆる『大人』っていうものになっているんですよね?
 13年後の将来について何ひとついえないけれど、これだけは伝えておきます。
 大人にならないでください。ずっと子供のままでいてください。
 お母さんは私にウソをつくなと言います。なのに、お母さんがこっそり買った5万円のバッグが、お父さんに見つかったとき、お母さんは抽選で当たったのと言いました。
 お父さんは家族の間で隠し事はしないようにと言います。でもバイオリンの先生とキスをしていたことを、お母さんに黙ったままでいます。
 お父さんやお母さんのようにならないでください。それが今の私の願いです。

「何これ」
 法子は読み終わった便箋をテーブルの上に投げ捨てるように置いた。
 私は彼女の向かいに座って紅茶を一口飲んでから、改めて事実を伝える。
「15年前の私が書いた手紙よ」
「そんなことはもうわかってる」
 ぴしゃりと切り返されて、内心で舌を出す。
 家に遊びに来るなり小学生の頃の私を知りたいと言ったのは法子なのだ。残念ながら写真はないので仕方なく手紙をみせたのだが、お気に召さなかったらしい。
 オレンジ色のマニキュアを塗った法子の爪が、ソーサーをかるく弾いた。
「もっと小学生らしいこと書きなさいよ」
「例えばどんな」
「宇宙飛行士になりたいとか、高校に行きたいとか、もっとなんかあるでしょ? 母親の嘘や父親の不倫よりもよっぽどいいと思うけど」
「今の子供達の夢は正社員らしいよ」
 ラジオで聞いたことを伝えると、法子はフンと鼻を鳴らしてクッキーをつまんだ。
「子供は子供らしく、子供らしい夢をみてりゃいいの」
「怪獣をやっつけるヒーローになるんだって言う男の子みたいな?」
「そうよ」
 忌々しげに音をたててクッキーを食べる法子は5ヶ月前、リストラされた。高校を卒業してすぐ正社員として就職し、残業や休日出勤など会社が求めればほぼ百パーセントの確率で応えていたのに、業績が悪いままだと言われた、とやけ酒の席で叫んでいた。若い社員を育てる気がないなら潰れっちまえバカヤローと彼女が罵った会社は、その言葉どおり倒産している。
 法子はというと先月から派遣社員としてテレフォンオペレーターの仕事をしだした。ボーナスや退職金がないかわりに、休日出勤は基本的にしなくていいし、サービス残業もしなくていいから気楽だとはしゃいでいた。
 雇用形態にとらわれず、自分にあった働き方をするのが幸せなのかもしれないと思いつつ、クッキーをかじったとき法子が聞いてきた。
「それより、何で15年前に書いた手紙が手元にあるのよ」
「ああ、それはね、タイムカプセルに入れなかったから」
「入れ忘れたんじゃなくて?」
「うん。本当はね、入れるつもりだったんだよ」
 紅茶にレモンを一切れ入れて、スプーンで沈める。液体の色が変わり、15年前のあの日が蘇る。
「小学校を卒業する前に、今のクラスで思い出をつくろうって話になったの。卒業してからまた逢えるような、未来に続くものがいいねっていう意見から、タイムカプセルをつくることに決まった」
「埋めるんじゃなくて、つくるの?」
「そう。埋められるところないし、もし掘り出せなかったら嫌でしょ? だから皆の宝物をダンボール箱に入れて、学級委員長の寺沢君の家で保管しようってことになったの。25歳になったら集まって箱を開けるっていう計画をたててね」

 

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