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歴史・時代

東京探偵小町 第四十話「少女探偵」 <3>

   

「時枝さま? 何か、おっしゃいまして?」
「みどりさんとお友達になれて、良かったって言ったの。あたしとみどりさんは、最高の『インチメイト』なんだもの」

小説版『東京探偵小町
第十二部 ―探偵編―

Illustration:Dite

 

 生みの親の手掛かりを求めて、横濱へ行きたい。
 そんな時枝の言葉に賛意を示したのは、和豪だけではなかった。倫太郎はもちろん、時枝の後見人を引き受ける道源寺も、時枝の口から改めて出生の秘密を聞かされた柏田やサタジット、みどりたちに至るまで、誰もが時枝の気持ちを汲んで横濱行の背中を押した。
 時枝としては倫太郎たちの回復を待ち、月が改まってからでも良かったのだが、倫太郎はまだ痛みの残る体を押して、すぐに旅支度を整えた。九月から時枝を聖園女学院に復学させ、勉学に集中させるためにも、夏のうちに横濱へ行っておきたかったのである。
「ああ、お嬢さん」
 今年の春先も一夜の宿を取った、港を臨む小ホテルの一角。
 ちょうど廊下に出た倫太郎が、大きな手付き盆を捧げてゆっくり階段を上ってきた時枝に気付き、優しく声を掛けた。
「手伝いましょうか」
「ううん、平気よ。あたしたちのお部屋、もうすぐそこだから……ありがとう」
 清潔な布巾の下で、食器と茶器がかすかな音を立てている。
 朝食を受け付けなかったみどりへの、早めの昼食を運びながら、時枝は階段の上で待つ倫太郎に問い掛けた。
「わごちゃんとタジさんは?」
「お嬢さんの手紙を出しに行くついでに、ホテルの支配人さんに教えて頂いた、ハマ一番のアイスクリンを買いに行きました。横濱も今日で最後ですから、その記念に」
「アイスクリン! 嬉しい、みどりさんが喜ぶわ」
「明後日から新学期です。おふたりとも、今日はゆっくり骨休めをして下さい。明日は半日、汽車に揺られますからね」
「はーい。東京に戻ったら、荷解きをして始業式の用意をして……丸一日、大忙しだわ。明日までに、みどりさんが元気になってくれるといいんだけど」
「明日は柏田さんが東京駅までお迎えに来て下さるそうですが、念のため、男爵夫人にも電報を打っておきますね。ともあれ、今日は静養に努めて下さい」
「わかったわ。ありがとう、倫ちゃん」
 時枝の先に立って歩く倫太郎が、少女たちの宿泊室の扉を叩く。みどりの返事を待って扉を開け、倫太郎は盆を捧げる時枝の入室を手伝った。
 道源寺の助力もあり、聖園女学院からは時枝の復学許可をもらっている。予想外の出来事がたび重なり、一学期は思うような登校ができなかった時枝ではあるが、出席日数の不足と勉学の遅れは、追試験と自主学習の課題提出で補うことになっていた。
 周囲には言えない複雑な事情があるにせよ、倫太郎は、時枝に女学生らしい明るい毎日を送らせてやりたいと考えていた。二学期が始まる九月一日をひとつの区切りとして、去年のような楽しい日々に戻してやりたいと願っていたのである。
 日々の糧に関しては、和豪の説得が奏功し、和豪の育てた花を口にすることで一応の解決を見た。その生活に慣れ、順調に復学し、みどりと共に晴れて卒業の日を迎えることができれば、時枝の不安も少しは薄らぐに違いない――そんな希望を胸に、倫太郎は秋からの準備を少しずつ進めながら、時枝を横濱に連れてきたのだった。
「みどりさん、具合はどう?」
「時枝さま」
 時枝たちの部屋には立ち入らず、そっと扉を閉めて去ろうとする倫太郎に礼を言って、時枝は銀色の盆を手にみどりに向き直った。大人しく寝台に納まるみどりがまとうのは、ふたり揃って忘れずに行李に入れてきた、小菊模様の寝間着である。男爵夫人が「御神酒徳利」と称されるほど仲の良いふたりのために、色違いで誂えてくれた、二少女の気に入りの品だった。
「料理長さんにお願いして、調理場でパンミルクを作らせてもらったの。苺と杏のジャムもあるのよ」
「パンミルク?」
「ミルクにお砂糖をたっぷり入れて甘くして、ちぎったパンを浮かべて柔らかく煮立てたものなの。そうね、パンのお粥って言ったらいいかしらん」

 

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