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幻影草双紙50〜鏡よ鏡〜

   

 豪華な舞踏会の宴。それは、ベルサイユ宮殿で行われただけではありません。

 

 満月であった。
 ただ、空には雲が多い。
 高く聳える紅薔薇城も、黒い影になっている。
 紅薔薇城の当主であるペルズダキア侯爵夫人は、ようやく服装を整えた。
 真紅のドレスがいいか、それとも桃紅色のドレスにするか、迷っていたのである。
 真紅のドレスに決めた。
 真珠のネックレスを付けて、完成。
 ペルズダキア侯爵夫人は、居間の壁を埋める本棚へ近づいた。
 本棚の隅にある燭台を引く。
 本棚が回転して、入り口が出来た。
 その先には、小さな個室があった。
 個人用の礼拝堂として作られたらしいが、現在は、ペルズダキア侯爵夫人が秘密に使用する部屋になっている。
 部屋の中央には、鏡が架かっている。
 楕円形であり、紫檀製の枠は、どこかインドを思わせる意匠であった。
 ペルズダキア侯爵夫人は、鏡を見て、言った。
「鏡よ鏡、鏡さん」
 ペルズダキア侯爵夫人と部屋を映していた鏡が、白くなった。
 そして、鏡の精が現れた。
「お呼びでございますか、ご主人様」
「この世で一番美しいのは、だあれ?」
「それは、ご主人様、ペルズダキア侯爵夫人でございます」
 ペルズダキア侯爵夫人は、満足して頷き、さらに聞いた。
「今宵の舞踏会の衣装、これでいいかしら」
「いつもながら、ご主人様の美的感覚には、敬服いたします」
「ありがとう」
「ただ……、ひとつだけ……」
「なあに?」
「ご主人様は、ご自分の美しさで、目が眩んだのでございましょう」
「どういうことかしら」
「ネックレスでございます。その色のドレスには、真珠よりもダイヤモンドがよろしゅうございましょう」
「そうね。目が眩んでいたのね」
 ペルズダキア侯爵夫人は、ネックレスを変えると、舞踏会場へと向かった。
 紅薔薇城は、カルパチア山脈の中腹にあり、オスマントルコの侵入を防ぐために建てられた、実用一点張りの城である。
 ペルズダキア侯爵夫人は、謁見の間を改装して、舞踏会場を作った。
 例えばベルサイユ宮殿のような、社交専用の宮殿に比べれば、天と地の差がある。
 そうした、洗練されていない舞踏会場ではあるが、ペルズダキア侯爵夫人が入ってくると、一変した。
 100万の太陽が入ってきたように、舞踏会場は輝いたのである。
 そして、人々のどよめきが、舞踏会場を埋め尽くした。
 四重奏団が、演奏を始めた。
 リュネ作曲の『春の宴』である。
 ペルズダキア侯爵夫人が、最も愛好する曲なのだ。
 こうして舞踏会が始まった――。
 明け方――。
 舞踏会が終ると、ペルズダキア侯爵夫人は、居間に戻った。
 寝化粧を丁寧にして、また、鏡の前に立つ。
「鏡よ鏡、鏡さん」
「お呼びでございますか、ご主人様」
「この世で一番美しいのは、だあれ?」
「それは、ご主人様、ペルズダキア侯爵夫人でございます」
 ペルズダキア侯爵夫人は、満足して、ベッドに入るのであった。

 

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